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「太平記」尾張左衛門佐遁世事(その1)

都には細川相摸のかみ敵になりし後は、執事と言ふ者なくして、毎事まいじ叶はざりける間、誰をかその職に置くべしと評定ありけるが、この頃時を得たる佐々木の佐渡の判官入道はうぐわんにふだう道誉だうよが聟たるに依つて、傍かたへの人々皆追従つゐしようにや申しけん、「尾張をはりの大夫たいふ入道にふだうの子息左衛門さゑもんすけ殿に、増したる人あらじ」と申しければ、宰相さいしやう中将ちゆうじやう殿も心中に異儀なくして、執事職を内々この人に定め給ひにけり。父の大夫入道にふだうは、元来ぐわんらい当腹たうふくの三男治部ぢぶ大輔たいふ義将よしまさを寵愛して、先腹の兄二人ににんを世に在らせて見んとも思はざりければ、左衛門の佐執事職に居るべき由を聞いて、様々の非を挙げて、種々のとがを立て、この者かつてその器用にあらざる由をぞ、宰相の中将殿へ申されける。中将殿も人の申すに付き安き人にておはしければ、「げにも子を見るに父に如かず。さらば当腹の三男をおもてに立てて、幼稚のほどは、父の大夫入道に、世務を執り行はさすべし」とのたまひける。




都では細川相摸守(細川清氏きようぢ)が敵(南朝方)になった後は、執事と呼ぶ者をなくして、事毎に差し支えを生じたので、誰かをその職に置くべきと評定がありました、この頃時を得ていた佐々木佐渡判官入道道誉(佐々木道誉)の聟ということで、身近の人々が皆追従([人の意見に従うこと])して申したか、「尾張大夫入道(斯波高経たかつね)の子息左衛門佐殿(斯波氏頼うぢより)に、勝る人はおりません」と申したので、宰相中将殿(足利義詮よしあきら。足利尊氏の嫡男)も異儀なく、執事職を内々氏頼に定めました。父大夫入道は、元より当腹([今の妻の腹から生まれたこと])の三男治部大輔義将(斯波義将よしゆき)を寵愛して、先腹の兄二人(氏頼ともう一人は家長いえながだが、家長はすでに亡くなっている)を世間に認めさせようとは思っていなかったので、左衛門佐(氏頼)が執事職となると聞いて、様々の非を挙げ、種々の罪をでっち上げて、この者はまったくその器でないことを、宰相中将殿へ申しました。中将殿は人の申すことを容易く信じる人でしたので、「まこと子を知る者は父を置いていない。ならば当腹の三男(義将)を執事に立てて、義将が幼稚のほどは、父の大夫入道に、世務を執り行わさせよう」と申しました。


続く


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by santalab | 2016-12-30 08:54 | 太平記 | Comments(0)

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