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「太平記」尾張左衛門佐遁世事(その2)

左衛門さゑもんすけこれを聞いて、父をや恨みにけん、世を憂しとや思ひけん、密かに出家して、いづちともなく迷ひ出でにけり。付き随ふ郎従ども二百七十人、同時に皆もとどりを切つて、思ひ思ひにぞ失せにける。この人まことに父の所存をも破らず、我が身の得道をも願うて、出家遁世しぬる事たぐひ少なき発心なり。ただしこの頃の人の有様は、昨日は髻切つてまことにたつとげに見ゆるも、今日は頭を包みて、無慚無愧むざんむぎに振る舞ふ事のみ多ければ、この遁世もまた行く末通らぬ事にてやあらんずらんと思ひしに、つひに道心醒むる事なくして、果て給ひけるこそあり難けれ。




左衛門佐(斯波氏頼うぢより)はこれを聞いて、義父(斯波高経たかつね)への恨みか、それとも世の無情を思ってか、ひそかに出家して、どこへともなくいなくなってしまいました。付き従う郎従([家来])ども二百七十人も、同時に皆髻を切って、それぞれいなくなりました。この人は父の所存([考え])に背くことなく、我が身の得道([仏道を修行して悟りを開くこと])をも願い、出家遁世しましたが類いまれな発心でした。ただしこの頃の人の有様は、昨日は髻を切ってまこと貴げに見えても、今日は頭を包み隠して、無慚無愧([悪事を働いても、それを恥じることなく平気でいること])に振る舞うことが多くありましたので、この遁世もまた行く末どうなることかと思っていましたが、遂に道心を冷ますことなく、命を終えたことはりっぱなことでした。


続く


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by santalab | 2016-12-31 07:55 | 太平記 | Comments(0)

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