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「太平記」身子声聞一角仙人志賀寺上人事(その4)

君遥かに民の愁へを聞こし召して、「いかにしてかこの一角仙人の通力を失うて、竜神を岩の中より可出す」と問ひ給ふに、ある智臣申しけるは、「かの仙人たとひ霞を喰らひ気を飲みて、長生不老の道を得たりとも、十二のくわんに於いて未だ足らざるところあればこそ、道にすべりていかる心はありつらめ。心未だ枯木死灰こぼくしくわいの如くならずは、色に耽けり香に染む愛念などかなからんや。しからば三千の宮女の中に、容色殊に勝ぐれたらんを、一人かの草庵の中へ被遣て、草の枕を並べ苔のむしろを共にして、夜もすがら蘿洞らとうの夢に契りを結ばれば、などかかの通力を失はで候ふべき」とぞ申しける。諸臣皆この儀に同じければ、すなはち三千第一の后、扇陀女せんだによと申しけるに、五百人の美人をへて、一角仙人の草庵の内へぞ被送ける。后はさしもいみじき玉のうてなを出でて、見るに悲しげなる草庵に立ち入り給へば、苔漏るしづく、袖の露、かはく間もなき御涙なれども、勅なれば辞するに言葉なくして、十符とふ菅薦すがごも敷き忍び、小鹿をしかの角の束の間に、千年ちとせを兼ねて契り給ふ。仙人も岩木いはきにあらざれば、あやなく后に思ひ染みて、言の葉ごとに置く露の、あだなるものとは不疑。




君([国王])は遥かに民の愁えを聞かれて、「なんとかして一角仙人の通力を失い、竜神を岩の中から出せぬものか」と訊ねると、ある智臣が申すには、「一角仙人が霞を喰らい気を飲んで、長生不老の道を得たといえども、十二の観行([自分の心の本性を観照する修行])に足りぬところがあればこそ、道にすべり怒る心をなしたのでしょう。心が枯木死灰([活気がなく情熱に欠けていることのたとえ])でないのならば、色に耽けり香に染む愛念がないはずはございません。ならば三千の宮女の中で、姿かたちとりわけ優れた者を、一人かの草庵の中へ遣り、草の枕を並べ苔の筵を共になして、夜もすがら蘿洞([つたかずらの繁った洞穴。人里離れたところ])の夢に契りを結べば、どうして通力を失わないことがありましょう」と申しました。諸臣も皆この儀に同意したので、たちまち三千第一の后、扇陀女と申す者に、五百人の美人を添えて、一角仙人の草庵の内まで送りました。后は荘厳の玉の台を出て、見るに粗末な草庵に立ち入れば、苔の雫か、袖の露、涙は乾く間もありませんでしたが、勅なれば辞することもできなくて、十符([十編。編み目を十筋に編んだもの])の菅薦([スゲで編んだむしろ])敷き忍び、小鹿の角の束の間を、千年の思いで契りをなしました。仙人も岩木ではありませんでしたので、后に思いを寄せて、言葉毎に置く露が、仮初めのものとは疑いもしませんでした。


続く


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by santalab | 2017-01-06 07:15 | 太平記 | Comments(0)

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