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「太平記」黒丸城初度軍の事付足羽度々軍の事(その2)

五月二日義貞よしさだ朝臣、自ら六千余騎の勢を卒して国府こふへ打ち出でられ、波羅密はらみ安居はこ河合かはひ春近はるちか江守えもり五箇所へ、五千余騎の兵を差し向けられ、足羽あすはの城を攻めさせらる。先づ一番に義貞朝臣の小舅こじうと、一条の少将行実ゆきざね朝臣、五百余騎にて江守えもりより押し寄せて、黒龍くづれの明神の前にて相戦ふ。行実のいくさ利あらずして、また本陣へ引つ返かへさる。二番に船田長門ふなたながとかみ政経まさつね、七百余騎にて安居はこの渡しより押し寄せて、兵半ば川を渡る時、細川ほそかは出羽ではかみ二百余騎にて川向かはむかひに馳せ合はせ、高岸の上に相支へて、散々に射させける間、みなぎる浪にをぼれて馬人むまひと若干そくばく討たれにければ、これもまたさしたる合戦もなくして引つ返す。




五月二日に義貞朝臣(新田義貞)は、自ら六千余騎の勢を引き連れて越前国府(現福井県越前市)に打ち出でて、波羅密城(現福井県福井市)・ 安居城(現福井県福井市)・河合城(現福井県福井市)・春近城(現福井県坂井市)・江守城(現福井県福井市)五箇所へ、五千余騎の兵を差し向けて、足羽城(現福井県福井市)を攻めました。まず一番に義貞朝臣の小舅である、一条少将行実朝臣(藤原行実)が、五百余騎で江守城より押し寄せて、黒龍明神(現福井県福井市にある毛谷黒龍けやくろたつ神社)の前で戦いました。行実は軍に勝つことができずに、また本陣へ引き返しました。二番に船田長門守政経(船田政経)が、七百余騎で安居の渡しより押し寄せて、兵半ばが川を渡る時、細川出羽守が二百余騎で川向かいに馳せ合わせ、高岸の上から、散々に矢を射たので、みなぎる浪におぼれ馬人がわずかに討たれて、これもまた大した合戦もなく引き返しました。


続く


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by santalab | 2017-01-12 07:24 | 太平記 | Comments(0)

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