Santa Lab's Blog


「太平記」宸筆の勅書被下於義貞事

日を経て越後勢ゑちごぜい、すでに越前の河合に着きければ、義貞の勢いよいよ強大かうだいに成りて、足羽あすはじやうとりひしがん事、隻手せきしゆうちにありと、皆たなごころを指す思ひをなせり。げにも尾張をはりかみ高経たかつねの義を守る心は奪ひ難しといへども、わづかなる平城ひらじやうに三百余騎にて立て篭もり、敵三万余騎を四方しはうに受けて、篭鳥ろうてうの雲を恋ひ、涸魚かくぎよの水をいつまでの命をかこの世の中に残すらんと、敵はこれを欺いて勇み、御方はこれに弱りて悲しめり。既に来たる二十一日には、黒丸の城を攻めらるべしとて、堀溝を埋めん為に、埋め草三万余荷を、国中の人夫にんぶに持ち寄せさせ、持楯もちだて三千余帖よてふを剝ぎ立てて、様々の攻め支度をせられける処に、芳野よしの殿より勅使を立てられておほせられけるは、「義興よしおき顕信あきのぶ敗軍の労兵を率して、八幡山やはたやまに立て篭もる処に、洛中の逆徒数を尽くしてこれを囲む。城中じやうちゆうすでに食乏しうして兵皆疲る。しかりといへども、北国の上洛しやうらく近きにあるべしと聞きて、士卒梅酸のかつを忍ぶものなり。進発もし延引せしめば、官軍くわんぐんの没落疑ひあるべからず。天下てんがの安危ただこの一挙にあり。早やしにさかひの合戦をさしおいて、京都の征戦をもつぱらにすべし」とおほせられて、御宸筆の勅書をぞ下されける。義貞朝臣勅書を拝見して、源平両家りやうけの武臣、代々大功ありと云へども、ぢきに宸筆の勅書を下されたる例未だ聞かざるところなり。これ当家超涯てうがいの面目なり。この時命をかろんぜずんば、正にいづれの時をか期すべきとて、足羽の合戦を閣かれて、先づ京都の進発をぞ急がれける。




日を経て越後勢が、越前河合(現福井県福井市)に着いたので、義貞(新田義貞)の勢はますます強大になって、足羽城(現福井県福井市)を攻め破ることは、隻手([片手])で十分だと、皆掌を指す([物事がきわめて明白で疑問の余地もないことのたとえ])ようなものと思いました。まこと尾張守高経(斯波高経)が(足利尊氏に)義を守る心は奪い難いものでしたが、わずかな平城に三百余騎で立て籠もり、敵三万余騎を四方に受けて、篭鳥([かごに飼われている鳥])が雲を恋しく思い、涸魚([涸轍鮒魚】こてつのふぎよ]=[水がなくなったわだちにいる鮒])が水を欲していつまでの命をこの世の中に残すのみぞと、敵はこれを嘲り勇み、味方は心弱り悲しみました。来たる(延元三年(1338))二十一日には、黒丸城(小黒丸城。現福井県福井市)を攻めるべしと、堀溝を埋めるために、埋め草三万余荷を、国中の人夫に持ち寄せさせ、持楯([鉄や木で骨組みをし、そこに皮編物を張って漆で固め、彩色を施したもの])三千余帖を拵え、様々の攻め支度をするところに、吉野殿(現奈良県吉野町にあった南朝の行宮)より勅使を立てられて仰せられるには、「義興(新田義興。新田義貞の次男)・顕信(北畠顕信)が敗軍の労兵を率して、八幡山(現京都府八幡市)に立て籠もっておるが、洛中の逆徒が数知れずこれを囲んでおる。城中はすでに食乏しく兵は皆疲れておる。だが、北国の上洛が近くあると聞いて、士卒は梅酸渇([梅酸渇を休む]=[魏の武帝=曹操。が軍隊を引き連れて道に迷い、水がなくて乾きに苦しんだ際に、前進すれば実の生った梅林があって乾きを癒すことができると励ますと、士卒は梅と聞いて口中につばが出て、進むことができたという])を忍んでおる。進発が延引すれば、官軍の没落は疑いのないところぞ。天下の安危はただこの一挙にかかっておる。すぐさま国境の合戦を止めて、京都の征戦に専念せよ」と仰せられて、(第九十六代後醍醐天皇)宸筆の勅書を下されました。義貞朝臣(新田義貞)は勅書を拝見して、源平両家の武臣、代々大功ありといえども、直に宸筆の勅書を下された例をいまだ聞かず。これこそ当家にとって超涯([身分に過ぎたこと])の面目ぞ。今命を軽んじなければ、いずれの時を期すべきと、足羽の合戦を差し置いて、京都への進発を急ぎました。


[PR]
by santalab | 2017-01-17 07:02 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」八幡炎上の事(その2)      「太平記」越後勢越越前事(その2) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧