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「太平記」義貞重黒丸合戦の事付平泉寺調伏法の事(その1)

義貞よしさだ京都の進発しんぱつを急がれつる事は、八幡の官軍くわんぐんに力を付け、洛中の隙をうかがはん為なりき。しかるに今その相図あひづ相違さうゐしぬる上は、心しづかに越前の敵をことごと対治たいぢして、重ねて南方にてふし合はせてこそ、京都の合戦をば致さめとて、義貞も義助よしすけ河合かはひの庄へ打ち越えて、先づ足羽あすはの城を攻めらるべきくはたてなり。尾張をはりかみ高経たかつねこの事を聞き給ひて、「御方わづかに三百騎に足らざる勢を以つて、義貞が三万余騎の兵に囲まれなば、千に一つも勝つ事を得べからず、しかりといへども、敵早や諸方の道を差し塞ぎぬと聞こゆれば、落つともいづくまでか落ち延ぶべき。ただひとへに討ち死にと心ざして、城を固くするより外の道やあるべき」とて、深田ふかたに水を懸け入れて、馬の足も立たぬやうこしらへ、路を堀切つておとしを構へ、橋をはづみぞを深くして、その内に七つの城をこしらへ、敵攻めばかたみに力を合はせて後ろへまはり合ふ様にぞ構へられたりける。




義貞(新田義貞)が京都への進発を急いだのは、八幡(現京都府八幡市にある石清水八幡宮)の官軍に力を付け、洛中の隙を窺うためでした。けれども今その合図に相違した上は、心を落ち着けてまずは越前の敵を残らず退治して、重ねて南方に牒合([文書による通告])してから、京都の合戦を致そうと、義貞も義助(脇屋義助。新田義貞の弟)も河合庄(現福井県福井市)へ打ち越えて、まず足羽城(現福井県福井市)を攻めようと企てました。尾張守高経(斯波高経)はこれを聞いて、「味方わずかに三百騎に足りない勢をもって、義貞の三万余騎の兵に囲まれたなら、千に一つも勝つことを得まい、とはいえ、敵はすでに諸方の道を差し塞いだと聞く、落ちたところでどこまで落ち延びることができよう。ただひとえに討ち死にを覚悟して、城を守るほかに道はない」と、深田に水を入れ、馬の足も立たぬように拵え、路を堀切って穽([落とし穴])を構え、橋を外し溝を深くして、その内に七つの城を築き、敵が攻め来れば互いに力を合わせて敵の後ろに廻るようにして構えました。


続く


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by santalab | 2017-01-22 09:26 | 太平記 | Comments(0)

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