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「太平記」義貞自害の事(その5)

軍散じて後、氏家うぢへ中務なかつかさじよう尾張をはりかみの前にまゐつて、「重国しげくにこそ新田殿の御一族かとをぼしき敵を討つて、首を取つて候へ。誰とは名乗り候はねば、名字みやうじをば知り候はねども、馬物の具のやう相順あひしたがひしつはものどもの、屍骸しがいを見て腹を切り討ち死にを仕りさふらひつるてい、いかさま世の常の葉武者にてはあらじと思えて候ふ。これぞその死人のはだに懸けて候いつるまぶりにて候ふ」とて、血をも未だ洗はぬ首に、土の付きたる金襴のまぶりへてぞ出だしたりける。尾張をはりかみこの首をよくよく見給ひて、「あな不思議や、よに新田左中将さちゆうじやうの顔付きに似たる所あるぞや。もしそれならば、左の眉の上に矢のきずある」とて自ら鬢櫛びんくしを以つて髪を掻き上げ、血をすすぎ土を洗ひ落としてこれを見給ふに、果たして左の眉の上に疵の跡あり。これにいよいよ心付いて、はかれたる二振りの太刀を取り寄せて見給ふに、金銀を延べて作りたるに、一振りには銀を以つて金膝纏きんはばきの上に鬼切おにきりと云ふ文字をしづめたり。一振りには金を以つて、銀脛巾ぎんはばきの上に鬼丸おにまると云ふ文字を入れられたり。これは共に源氏重代の重宝にて、義貞の方に伝へたりと聞こゆれば、末々すゑずゑの一族どものくべき太刀には非ずと見るに、いよいよ怪しければ、膚のまぶりを開いて見給ふに、吉野の帝の御宸筆ごしんぴつにて、「朝敵てうてき征伐事、叡慮所向、偏在義貞武功、選未求他、殊可運早速之計略者也」と遊ばされたり。さては義貞の首相違さうゐなかりけりとて、屍骸しがいを輿に乗せ時衆じしゆ八人に舁かせて、葬礼さうれいの為に往生院わうじやうゐんへ送られ、首をば朱の唐櫃に入れ、氏家うぢへ中務なかづかさへて、潜かに京都へ上せられけり。




軍散じて後、氏家中務丞(氏家重国)は、尾張守(斯波高経たかつね)の前に参って、「この重国が新田殿の御一族かと思われます敵を討つって、首を捕って参りました。誰とも名乗りませんでしたので、名字は知りませんが、馬物の具([武具])の様、相従兵どもが、屍骸を見て腹を切り討ち死にする有様、よもや世の常の葉武者([とるに足らぬ武者])ではないと思われます。これがその死人が身に付けていた守りでございます」と申して、血もまだ洗わぬ首に、土が付いた金襴([金糸を絵緯えぬき=紋織物で模様を織り出すために用いる、地緯ぢぬきよりやや太い、別色の横糸。として文様を織り出した織物])の守を添えて取り出しました。尾張守はこの首をよくよく見て、「なんと不思議なことよ、新田左中将(新田義貞)の顔付きに似ておる。もしそうならば、左の眉の上に矢の疵があるはず」と自ら鬢櫛([鬢を掻き上げて整えるのに用いる、横に長く歯の粗い櫛])で髪を掻き上げ、血を洗ぎ土を洗い落としてこれを見れば、果たして左の眉の上に疵の跡がありました。ますます心になって、佩いていた二振りの太刀を取り寄せて見れば、金銀を延べて作ったものに、一振りには銀で金鎺([鎺金はばきがね ]=[刀剣などの刀身がつばと接する部分にはめる金具])の上に鬼切という文字を彫り入れてありました。一振りには金で、銀鎺の上に鬼丸という文字を入れてありました(鬼切は新田義貞が日吉大宮権現の社壇に籠めたはず)。これはともに源氏重代の重宝で、義貞の方に伝えられたと言われていたので、末々の一族どもが佩く太刀ではないと思えて、ますます怪しく思い、膚の守を開いて見れば、吉野帝(第九十六代後醍醐天皇)の御宸筆で、「朝敵を征伐することこそ、叡慮に適うところである。これはひとえに義貞の武功によるものであり、他に道はない、よって速やかに朝敵征伐の計略を廻らせるべし」と書いてありました。さては義貞の首に相違ないと、屍骸を輿に乗せ時衆([時宗の僧俗])八人に舁かせて、葬礼([死体の処理に伴う儀礼。葬式])のために往生院(現福井県坂井市にある称念寺ということらしい)に送られ、首は朱の唐櫃に入れ、氏家中務(重国)を添えて、密かに京都に上らせました。


続く


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by santalab | 2017-01-30 08:38 | 太平記 | Comments(0)

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