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「太平記」義助重集敗軍事(その1)

脇屋右衛門うゑもんすけ義助よしすけは、河合かはひの石丸の城へ打ちかへつて、義貞よしさだの行く末をたづね給ふに、始めの程は分明ぶんみやうに知る人もなかりけるが、事のやう次第にあらはれて、「討たれ給ひけり」とまうし合ひければ、「日を替へず黒丸へ押し寄せて、大将の討たれ給ひつらん所にて、同じく討ち死にせん」とのたまひけれども、いつしか兵皆あきれ迷うて、ただ忙然ばうぜんたる外は指したる儀勢もなかりけり。あまつさへ人の心もやがて替はりけるにや、野心の者内にありと思へて、石丸の城に火を懸けんとする事、一夜の内に三箇度なり。これを見て斉藤五郎兵衛ごらうびやうゑじよう季基すゑもと、同じく七郎しちらう入道道献だうけん二人ににんは、他に異なる左中将さちゆうじやう近習きんじふにてありしかば、門前の左右の脇に、役所を並べて居たりけるが、幕を捨てて夜の間にいづちともなく落ちにけり。




脇屋右衛門佐義助(脇屋義助。新田義貞の弟)は、河合の石丸城(現福井県福井市)へ帰って、義貞(新田義貞)の行く末を尋ねましたが、はじめのほどは分明([はっきりしていること。明らかなこと])に知る人はいませんでしたが、次第に事が明らかになって、「討たれました」と口伝てに広まると、「日を替えず黒丸城(現福井県福井市)へ押し寄せて、大将(新田義貞)が討たれた所にて、同じく討ち死にしよう」と申しましたが、いつしか兵は皆驚き迷い、ただ忙然とするだけでその勢いはありませんでした。その上人の心もやがて変わったのか、野心([謀反の心])を持つ者が内部に現れて、石丸城に火を懸けようとする事件が、一夜の内に三度ありました。これを見て斉藤五郎兵衛尉季基(斎藤季基)、同じく七郎入道道献二人は、他に勝る左中将(義貞)の近習([主君のそば近くに仕える者])でしたので、門前の左右の脇に、役所([戦陣で、将士が本拠としている所])を並べていましたが、幕を捨てて夜の間にどこともなく落ちて行きました。


続く


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by santalab | 2017-01-31 08:28 | 太平記 | Comments(0)

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