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「太平記」自伊勢進宝剣事黄粱夢事(その6)

その後伊弉諾いざなぎ伊弉冊いざなみ男神をかみ女神めかみ二神ふたはしらあまの浮橋の上にして、この下にあに国なからむやとて、天瓊鉾あまのぬほこを差し下ろして、大海を掻き探り給ふ。そのほこさきしただり、こごつて一つの島となる、淤能碁呂をのころ島これなり。次に一つの国を産み給ふ。この国余りにちひさかりし故、淡路あはぢ国州くにと名付く、我がはぢの国と言ふ心なるべし。二神ふたはしらこの島に天降あまくだり給ひて、宮造りせんとし給ふに、葦原生ひ繁つて所もなかりしかば、この葦を引き捨て給ふに、葦を置きたる所は山となり、引き捨てたる跡は川となる。二神ふたはしら夫婦をつとめとなつて栖み給ふといへども、いまだ陰陽和合いんやうわがふの道を知り給はず。時に鶺鴒にはくなぶりと言ふ鳥の、尾を土に叩きけるを見給ひて、始めて嫁ぐ事を習ひて、

喜哉あなにえや遇可美小女えをとめを

と読み給ふ。これ和歌の始めなり。




その後伊弉諾伊弉冉の男神女神の二神が、天の浮橋([高天原たかあまはらと地上との間に架かっていたという橋])の上にで、この下にどうして国がないのかと、天沼矛あめのぬぼこを差し下ろして、大海を掻き混ぜました。その鉾の滴りが、固まって一つの島となりました、淤能碁呂島(沼島ぬしま。現兵庫県南あわじ市)です。次に一つの国を造りました。この国は余りに小さかったので、淡路の国(淡路島)と名付けました。我が恥の国という意味でした。二神はこの島に天降って、宮造りをしようとしましたが、葦原が生い繁って所もありませんでしたので、この葦を引き捨てましたが、葦を置いた所は山となり、引き捨てた跡は川となりました。二神は夫婦となって共に住みましたが、いまだ陰陽和合([陰・陽二気の相互作用によって、万物が生成されること])というものを知りませんでした。時に鶺鴒([セキレイ])という鳥が、尾で土を叩くのを見て、初めて嫁ぐ([男女が交わる])ことを習って、

うれしいことだ、美しい乙女に逢ったものよ。

と読みました。これが和歌の始めでした。


続く


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by santalab | 2017-01-31 18:59 | 太平記 | Comments(0)

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