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「太平記」自伊勢進宝剣事黄粱夢事(その12)

その後みこと出雲いづもの国に宮作りし給ひて、稲田姫を妻とし給ふ。

八雲立つ 出雲八重垣 妻篭めに やへ垣造る そのやへ垣を

これ三十一字みそじひともじに定まりたる歌の始めなり。それよりこの方この剣代々天子の御宝みたからと成つて、代十よと継ぎを経たり。時に第十代の帝、崇神しゆじん天皇てんわうの御宇に、これを伊勢太神宮にたてまつり給ふ。十二代の帝景行天皇四十年しじふねん六月に、東夷乱れて天下不静。これによつて第二の王子わうじ日本武尊やまとたけるのみこと東夷征罰の為に東国に下り給ふ。先づ伊勢太神宮にまゐつて、事の由を奏し給ひけるに、「慎んで勿懈」。ぢきに神勅あつて件の剣を下さる。尊、剣を賜はりて、武蔵野を過ぎ給ひける時、賊徒相謀あひはかつて広野に火を放して、尊を焼き殺し奉らんとす。燎原のびほのほ盛りにして、可遁方もなかりければ、尊剣を抜いて打ち払ひ給ふに、やいばの向かふ方の草木二三里が間、己れと薙ぎ伏せられて、ほのほ忽ちに賊徒の方に靡きしかば、尊死を遁れさせ給ひて朝敵てうてき若干そくばく亡びにけり。これによつて草薙くさなぎけんとはまうすなり。



その後素戔男尊は出雲国に宮作りして、稲田姫(奇稲田姫くしなだひめ)を妻としました。

八雲立つこの出雲の国に、宮を造るのだ。妻を守るために八重の垣を廻らせて。

これが三十一字と定められた最初の歌でございます。それよりこの剣は代々天子の宝となって、代は十継ぎを経ました。時に第十代の帝、崇神天皇の御宇に、これを伊勢大神宮(現三重県伊勢市)に献上しました。十二代の帝景行天皇四十年六月に、東夷が乱れて天下は静まりませんでした。そこで第二皇子日本武尊が東夷征罰のために東国に下りました。まず伊勢大神宮(現三重県伊勢市)に参って、事の由を奏上すると、「慎んで懸かれ」と。直に神勅があり件の剣を下されました。日本武尊は、剣(草薙剣)を賜わって、武蔵野を過ぎる時、賊徒が相謀って広野に火を放ち、日本武尊を焼き殺そうとしました。燎原の火([火の燃えひろがった野原])は激しくて、逃れる方もなく、日本武尊が剣を抜いて打ち払うと、刃の向かう方の草木が二三里、自然に薙ぎ伏せられて、炎はたちまち賊徒の方に靡いたので、日本武尊は死を遁れて朝敵は若干亡びました。これにより草薙剣と申します。


続く


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by santalab | 2017-02-01 12:27 | 太平記 | Comments(0)

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