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「太平記」自伊勢進宝剣事黄粱夢事(その13)

この剣未だ大蛇をろちの尾の中にありしほど、河上かはかみに雲懸かりて、天更に不晴しかば、あま群雲むらくもの剣とも名付く。その尺わづかに十束とつかなればまた十束の剣とも名付けたり。天武天皇てんわうの御宇、朱鳥あかみとり元年にまた被召て、内裏にをさめられしよりこの方、代々の天子の御宝みたからなればとて、また宝剣とはまうすなり。神璽しいしは、天照太神あまてらすおほんがみ素盞烏尊そさのをのみことと、共為夫婦みとのまぐはひありて、八坂瓊やさかに曲玉まがたまをねふり給ひしかば、陰陽いんやう成生して、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊まさやあかつかつはやひあまのおしほみみのみことを生み給ふ。この玉をば神璽と申すなり。いづれも異説多端なり、委細ゐさい尽くすに不遑。蓬蓽ほうひつに伝ふる所の一説、大概これにて候ふ」と委細にぞ答へ申したりける。




この剣が八岐大蛇の尾の中にあった時は、簸(簸川。現島根県出雲市)の川上に雲が懸かり、天はまったく晴れることがありませんでしたので、天群雲剣(天叢雲剣)とも言われます。その長さわずかに十束なればまた十束剣とも申します。天武天皇(第四十代天皇)の御宇、朱鳥元年(686)にまた召されて、内裏に収められてよりこの方、代々の天子の宝となりますれば、また宝剣と申します。神璽(八尺瓊勾玉やさかにのまがたま)は、天照大神が、素盞烏尊(素戔男尊)と、共為夫婦([男女の交わり])あって、(素戔男尊が天照大神の)八尺瓊勾玉をねふる(ねぶる?)と、陰陽成生して、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみが生まれました。この玉を神璽と申します。いずれも異説が多くございますので、委細を尽くすことはできません。蓬蓽([粗末な家。また、自分の家をへりくだっていう語])に伝わる所の一説、大概はこのようなものでございます」と委細に答えました。


続く


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by santalab | 2017-02-02 09:30 | 太平記 | Comments(0)

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