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「太平記」義貞の首懸獄門事付勾当内侍の事(その2)

去んぬる建武の始め、天下てんがまた乱れんとせし時、新田左中将さちゆうじやう常に召されて、内裡だいりの御警固にぞ候はれける。ある夜月すさまじく風ひややかなるに、この勾当こうたうの内侍半簾はんれんを巻いて、琴をだんじ給ひけり。中将その怨声をんせいに心引かれて、思へず禁庭の月に立ち彷徨ひ、あやなく心そぞろにあこがれてければ、唐垣のかたはらに立ち紛れて覗ひけるを、内侍見る人ありと物侘びしげにて、琴をば弾かずなんぬ。夜痛く深けて、有明の月の隈なく差し入りたるに、「たぐひまでやはつらからぬ」と打ちながめ、しほれ伏したる気色の、折らばちぬべき萩の露、拾はば消えなん玉篠たまざさの、あられよりなほ婀娜あだなれば、中将行くも知らぬ道に迷ひぬる心地して、帰る方も定かならず、淑景舎しげいしやかたはらに休らひ兼ねて立ち明かす。てうよりつとに帰りても、ほのかなりし面影の、なをここもとにある心迷ひに、世のわざ人の云ひ交はす事も心の外なれば、いつとなくきもせず寝もせで夜を明かし日を暮らして、もししるべする海人あまだにあらば、忘れ草のふと云ふ浦のあたりにも、尋ね行きなましと、そぞろに思ひしづみ給ふ。




去る建武の始めに、天下は再び乱れようとした時、新田左中将(新田義貞)は常に召されて、内裏の警護を務めました。月が美しく秋風が吹く夜、勾当内侍は半簾を巻いて、琴を弾いていました。中将はその怨声に心引かれて、思わず禁庭の月に立ち彷徨い、たちまち心は騒いできがきでなく、唐垣の傍らに立ち紛れて窺うと、内侍は見る人がいると見て物寂しげそうな表情で、琴を弾く手を止めました。夜がいたく深けて、有明の月が隈なく差し入り、「類ひまでやはつらからぬ」(『つれなさの たぐひまでやは つらからぬ 月をもめでじ 有明の空』=『これほどまでにつれなくされたことがありましょうや。つらくて有明の月さえ美しいとは思えないほどに』。藤原有家ありいへ)と呟いて、萎れ伏した姿は、まるで折れば落ちてしまう萩の露、拾えば消えてしまう玉篠の、霰よりなお婀娜([女性の色っぽくなまめかしい様])に見えて、中将(新田義貞)は行く末も知らぬ道に迷う心地がして、帰る方も定かならず、淑景舎([平安京内裏五舎の一。女御・更衣の住居])の傍らに立ち留まって夜を明かしました。朝早く宿所に戻りましたが、ほのかな面影がなおも残る心惑いに、世の態人([俗人])に話すのも憚られて、いつになく起きもせず寝もせずに夜を明かし日を暮らし、もし導く海人さえいれば、忘れ草が生うという浦のあたりにも、尋ねて行きたいほどに、意気消沈するのでした。


続く


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by santalab | 2017-02-03 06:54 | 太平記 | Comments(0)

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