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「太平記」自伊勢進宝剣事黄粱夢事(その16)

已に三七日に満じける夜、鎌倉左兵衛さひやうゑかみ直義ただよし朝臣の見給ひける夢こそ不思議なれ。所は大内だいだいの神祇官かと思へたるに、三公・九卿きうけい百司はくし・千官、位に依つて列座す。たうの旗を建てまんの坐をいて、伶倫れいりん楽を奏し、文人詩を献ず。事の儀式厳重げんぢゆうにして大礼を被行ていなり。直義朝臣夢心地に、これは何事のあるやらんと怪しく思ひて、竜尾堂りようびだうかたはらに徘徊はいくわいしたれば、ごんの大納言経顕つねあききやう出で来たり給へるに、直義朝臣、「これは何事の大礼を被行候ふやらん」と問ひ給へば、「伊勢太神宮より宝剣をまゐらせらるべしとて、中議の節会せちゑを被行候ふなり」とぞ被答ける。さては希代きたい大慶たいけいかなと思ひて、暫く見居たる処に、南方より五色の雲一群ひとむら立ち出でて、中に光明赫奕かくやくたる日輪あり。その光の上に宝剣よと思へたる一つの剣立ちたり。梵天・四王・竜神八部かいを捧げ列を引いて前後左右に囲遶ゐねうし給へりと見て、夢はすなはち覚めにけり。直義朝臣、つとに起きて、この夢を語り給ふに、聞く人皆、「静謐の御夢想むさうなり」と賀し申さぬはなかりけり。




すでに三七日(二十一日)に満ずる夜、鎌倉左兵衛督直義朝臣(足利直義。足利尊氏の弟)が見た夢こそ不思議なものでした。所は大内裏の神祇官かと思われましたが、三公([律令制における太政大臣・左大臣・右大臣。後に、左大臣・右大臣・内大臣の称])・九卿([中国の官名。三公に次ぐ九種の中央行政長官の総称])・百司([役人])・千官が、位順に列座していました。纛([竿の先端につけた黒い毛房飾り])の旗を立て幔の座を敷き、伶倫([楽人])は音楽を奏で、文人は詩を詠んでいました。儀式はまこと厳かで大礼が執り行われているようでした。直義朝臣は夢心地に、これは何事であろうかと不思議に思って、龍尾堂(大極殿の前)の横を歩いていると、権大納言経顕卿(勧修寺経顕)が現れました、直義朝臣が、「これは何事の大礼を行っておるのですか」と訊ねると、「伊勢大神宮(現三重県伊勢市)より宝剣を参らせるばしと、中議の節会([朝廷の儀式のうち、白馬あをうま・端午・豊明とよのあかりなどの節会])を行なっておるのだ」と答えました。なるほど希代の大慶かなと思い、しばらく見ていると、南方より五色の雲が一叢立ち上り、中には光明赫奕([光り輝く様])とした日輪がありました。その光の上に宝剣と思われる一つの剣が立っていました。梵天([仏教の守護神である天部の一柱])・四天王([六欲天の第一天、四大王衆天の主。持国天・増長天・広目天 ・多聞天])・竜神八部([天竜八部衆]=[天・竜をはじめとする仏法守護の八神])が蓋([仏像や導師の高座を覆い飾る天蓋])を捧げ列を引いて前後左右を取り囲んでいると見て、夢はたちまち覚めました。直義朝臣は、すぐに起きて、この夢を語ると、聞く人は皆、「静謐([世の中が穏やかに治まっていること])の夢想です」とよろこび申さぬ者はいませんでした。


続く


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by santalab | 2017-02-03 07:46 | 太平記 | Comments(0)

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