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「太平記」自伊勢進宝剣事黄粱夢事(その17)

その聞こへ洛中に満ちて、次第に語り伝へければ、卜部の宿禰しくね兼員かねかず、急ぎ夢の記録を書きて、日野大納言殿に進覧す。大納言この夢想の記録を以つて、仙洞せんとうに奏聞せらる。事の次第御不審を非可被残とて、八月十八日の早旦さうたんに、諸卿参列して宝剣を奉請取。翌日これを取りまゐらせし円成阿闍梨ゑんじやうあじやり、次第を不経直任ぢきにんの僧都になされ、河内かはちの国葛葉くずは関所せきところを恩賞にぞ被下ける。ただしうの代に宝鼎はうていを掘り出だし、の時に河図かとを得たりし祥瑞しやうずゐもこれには過ぎじとぞ見へし。この頃朝庭てうていに賢才輔佐ふさの臣おほしといへども、君の不義を諌めまつりことの不善を誡めらるるは、坊城大納言経顕つねあき・日野の大納言資明すけあきら二人ににんのみなり。それ両雄は必ずあらそふ習ひなれば、互ひに威勢を被競けるにや、経顕卿被申沙汰たる事をば、資明のきやうまうし破らむとし、資明の卿の被執奏たる事をば経顕卿支へ申されけり。




噂は洛中に満ちて、次第に広まったので、卜部宿禰兼員(卜部兼員)は、急ぎ(足利直義ただよしの)夢の記録を書き留め、日野大納言殿(柳原資明すけあきら)に進覧しました。大納言はこの夢想の記録をもって、仙洞([院御所])に奏聞しました。事の次第疑うところなしと、八月十八日の早旦に、諸卿が参列して宝剣を請け取りました。翌日これを取り参らせた円成阿闍梨を、次第を経ず直任([順序を経ないで、ただちに数段上の職に任ずること])の僧都になされ、河内国葛葉の関所(現大阪府枚方市)を恩賞に下されました。周代に宝鼎(周の王室に伝えられる九個の宝鼎)を掘り出し、夏の時に河図([河図かと洛書]=[黄河から現れた竜馬の背のうず巻いた毛の形を写したという図のこと。易の八卦はつかの基になったとされる])を得た祥瑞([吉兆])もこれには過ぎないと思われました。この頃朝廷に賢才輔佐の臣は多くありましたが、君の不義を諌め政の不善を誡めるのは、坊城大納言経顕(勧修寺経顕)・日野大納言資明二人だけでした。両雄並び立たず([同時に現れた二人の英雄は、必ず勢力を争ってどちらかが倒れるものである])といわれていますので、互いに威勢を競ったか、経顕卿が申し沙汰の事を、資明卿は破棄しようとし、資明卿が奏する事を経顕卿は阻止しようとしました。


続く


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by santalab | 2017-02-03 07:51 | 太平記 | Comments(0)

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