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「太平記」義貞の首懸獄門事付勾当内侍の事(その4)

左中将さちゆうじやう限りなく忝しと悦びて、つぎの夜やがて牛車うしぐるまさはやかに仕立て、かくと案内せさせたるに、内侍も早やこの年月の心ざしに、誘ふ水あらばと思ひけるにや、さのみ深け過ぎぬほどに、車のきしる音して、中門にながへを指しまはせば、侍児おもとひと一人二人妻戸を差し隠してかすかに驚破そよめき合へり。中将はこの幾年このいくとせを恋ひ忍んで相逢あひあふ今の心のうち優曇花うどんげの春待ち得たる心地して、珊瑚の樹の上に陽台やうたいの夢長く覚め、連理の枝のほとりに驪山りざんの花おのづかこまやかなり。あやなく迷ふ心の道、諌める人もなかりしかば、去んぬる建武のすへに、朝敵てうてき西海の波に漂ひし時も、中将この内侍に暫しの別れを悲しみて征路せいろとどこほり、後に山門臨幸の時、寄せ手大岳おほだけより追ひ落とされて、そのまま寄せば京をも落とさんとせしかども、中将この内侍に迷うて、勝つに乗り疲れを攻むる戦ひを事とせず。そのつひへ果たして敵の為に国を奪はれたり。まことに「一度んで能く国を傾く」と、古人のこれを戒めしもことわりなりとぞ思へたる。




左中将(新田義貞)は限りなく畏れ多いこととよろこんで、次の夜やがて牛車を美しく仕立て、案内を申すと、内侍(勾当内侍。世尊寺行房ゆきふさの妹もしくは娘?)もこの年月の心ざしに、誘う水あらばと思っていたか、夜がすっかり深け過ぎるほどに、車が軋む音がして、中門に轅を差し廻せば、侍児([身分の高い人に召し使われる小間使の女])一人二人が(勾当内侍を)妻戸に隠してかすかに声が聞こえました。中将はこの幾年恋い忍んでいましたので相逢う今の心の内は、優曇華 ([クワ科。花が外部から見えないところから、仏教では三千年に一度花が咲くといわれる])が春待つ心地して、珊瑚(玉珊瑚)の樹の上に陽台(玉珊瑚の実)が長い夢から覚め、連理の枝([根元が別々の二本の木で、枝や幹が途中でくっつき木理が連なったもの])の頭に驪山(華清宮=唐代に造られた離宮)の花が咲いたようでした。惑う心の道を、諌める人もいませんでしたので、去る建武の末に、朝敵(足利尊氏)が西海の波に漂った時も、中将は内侍とのしばしの別れを悲しんで征路([旅路])に留まり、後に山門臨幸の時も、寄せ手は大岳(大比叡=比叡山の二峰のうち、大きいほうの呼称)より追い落とされて、そのまま寄せれば京をも落とせるところでしたが、中将は内侍に惑い、勝つに乗り(敵の)疲れを攻める戦いをしませんでした。その結果敵によって国を奪われたのでした。まことに「(美人は)一度微笑んで国を傾ける」と、古人が戒めたのも道理かと思われました。


続く


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by santalab | 2017-02-05 08:57 | 太平記 | Comments(0)

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