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「太平記」義貞の首懸獄門事付勾当内侍の事(その8)

日すでに暮れけれども、立ち帰るべき心地もなければ、よもぎが本の露の下に泣きしほれてをはしけるを、その辺なる道場の聖、「余りに御痛はしく見えさせ給ひ候ふに」とて、内へいざなひ入れ奉れば、その夜やがてみどりの髪をり下ろし、紅顔を墨染めにやつし給ふ。しばしがほどは亡き面影を身に添へて、泣き悲しみ給ひしが、会者定離ゑしやぢやうりことわりに、愛別離苦あいべつりくの夢を覚まして、厭離穢土えんりゑどの心は日々に進み、欣求浄土ごんぐじやうどの念時々に勝りければ、嵯峨の奥に往生院わうじやうゐんのあたりなる柴のとぼそに、明け暮れを行ひ澄ましてぞをはしける。




日はすでに暮れましたが、立ち帰る心地もなければ、蓬の本の露の下に泣き萎れていました、その辺の道場の聖が、「あまりに痛わしくお見受けいたしますので」と申して、内へ誘い入れると、その夜やがて翠の髪を下ろして、紅顔([年が若く血色のよい顔])を墨染めにやつしました。しばらくは亡き面影を身に添えて、泣き悲しんでいましたが、会者定離([この世で出会った者には、必ず別れる時がくる運命にあること])の理に、愛別離苦([親子・夫婦など、愛する人と生別または死別する苦痛や悲しみ])の夢を覚まして、厭離穢土([苦悩多い穢れたこの娑婆世界をいと)い離れたいと願うこと])の心に日々引かれて、欣求浄土([この穢れた現実世界を離れて極楽浄土、すなわち仏の世界を、心から喜んで願い求めること])の念は時々に勝り、(勾当内侍は)嵯峨の奥に往生院(現京都市右京区にある祇王寺)のあたりの柴の扉で、明け暮れ勤行するようになりました。


続く


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by santalab | 2017-02-09 07:38 | 太平記 | Comments(0)

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