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「太平記」佐渡判官入道流刑の事(その3)

山門の衆徒この事を聞いて、「古より今に至るまで、喧嘩不慮ふりよに出で来る事おほしといへども、いまだ門主・貫頂くわんちやうの御所を焼き払ひ、出世・坊官を面縛めんばくするほどの事を聞かず。早く道誉・秀綱ひでつなを賜はりて、死罪に可行」由を公家へ奏聞し、武家に触れ訴ふ。この門主とまうすも、まさしき仙院の連枝にて御座あれば、道誉が振る舞ひ無念の事にいきどほり思し召して、あわれ断罪流刑にも行はせばやと思し召しけれども、公家の御計らひとしては難叶折節をりふしなれば、無力武家へ被仰ところに、将軍も左兵衛さひやうゑかみも、飽くまで道誉を被贔負ける間、山門は理訴りそも疲れて、款状くわじやういたづらに積もり、道誉は法禁をかろんじて奢侈しやいいよいよ欲しいままにす。これによつて嗷儀がうぎ若輩じやくはい大宮おほみや・八王子の神輿を中堂へ上げ奉て、鳳闕ほうけつへ入れ奉らんと僉儀す。すなはち諸院・諸堂の講莚かうえんを打ち止め、御願を停廃ちやうはいし、末寺・末社の門戸もんこを閉ぢて祭礼を打ち止む。山門の安否あんぷ天下てんがの大事、この時にありとぞ見へたりける。




山門(延暦寺)の衆徒はこれを聞いて、「古より今にいたるまで、喧嘩が思いもかけず起こることがは多くございましたが、いまだ門主([門跡寺院の住職])・貫頂([貫主]=[天台座主。各宗総本山や諸大寺の住持 ])の御所を焼き払い、出世([僧])・坊官を面縛([両手を後ろ手にして縛り、顔を前に突き出してさらすこと])するほどのことは聞いたことがありません。早く道誉(佐々木道誉)・秀綱(佐々木秀綱。道誉の子)を下賜されて、死罪されるべし」と公家へ奏聞し、武家に触れ訴えました。この門主と申すも、まさしく仙院([院])の連枝([子孫])でしたので(第九十二代亀山天皇皇子、性恵しようえ法親王?)、道誉の振る舞いを無念に思われて怒りをなし、断罪流刑にもと思われましたが、公家が勝手に決めることができない時代でしたので、仕方なく武家に命じられましたが、将軍(室町幕府初代将軍、足利尊氏)も左兵衛督(足利直義ただよし。尊氏の弟)も、あくまで道誉をかばったので、山門は理訴([道理にかなった 訴訟])にも疲れて、款状([訴訟の趣旨を記した嘆願書])が積もるばかりでした、道誉は法禁を軽んじて奢侈([度を過ぎてぜいたくなこと])はますます思いのままでした。これによって嗷儀([多人数が、勢いを頼みにして無理を主張 すること])の若輩どもは、大宮(日吉大社西宮の祭神、大己貴神おほなむち)・八王子の神輿を中堂へ上げて、鳳闕([皇居])に入れようと僉儀しました。たちまち諸院・諸堂の講莚([講義])止め、御願を停廃([予定していた事柄をとりやめること])し、末寺・末社の門戸を閉じて祭礼を止めました。山門の安否([無事])、天下の大事は、この時に決すると思われました。


続く


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by santalab | 2017-02-12 06:32 | 太平記 | Comments(0)

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