Santa Lab's Blog


「太平記」作々木信胤成宮方事(その4)

土佐のかみ驚いて、「これはいかさま古狸ふるたぬきか古狐かの化けたるにてぞあるらん。鼻をふすべよ。蟇目ひきめにて射て見よ」とまうしければ、尼泣く泣く、「これは化け物にても候はず。菊亭殿へ年来まゐり通ふ者にて候ふを、御妻おさいの局へ被召て、『加様かやうにて京に住み侘びんよりは、我が下る田舎へ行きて、しばらくも慰めかし』と被仰さふらひし間、誘ふ水もがなと思ふ憂き身にて候へば、うれしき事に思ひて昨日きのふ御局へ参りて候へば、被留まゐらせて、妻戸に輿を寄せたりしに、それに乗れとおほせ候ひしかば、何心もなく乗りたる許りにて候ふぞ」とまうしける。土佐の守、「さてはこの女房に出し抜かれたるものなり。かの御所に打ち入つて、奪ひ取らずば下るまじきものを」とて、尼をば勢多の橋爪に打ち捨てて、空輿を舁きかへして、また京へぞ上りける。元来思慮なき土佐の守かみ、菊亭殿に推し寄せて、四方しはうの門を差し篭めて、無残所捜しける。御所中の人々、「こはいかなる事ぞ」とて、上下あわて騒ぐ事無限。




土佐守(高師秋もろあき)は驚いて、「これはきっと古狸か古狐が化けたものであろう。煙で燻せ、蟇目([大形の鏑矢])を射よ」と申しました、尼が泣く泣く申すには、「われは化け物ではないぞよ。菊亭殿(今出川兼季かねすゑ)の許へ長年通っている者じゃが、お才の局に呼ばれて、『こうして京で侘しく暮らすよりは、わたしの田舎で、しばらく心を慰められてはどうでしょう』と申されたので、誘う水もおらぬ憂き身のわれじゃ、うれしいことを申すと思うて昨日局に参ったんじゃよ、お才の局はわれを局に留めると、妻戸([寝殿造りで、出入り口として建物の端に設けた両開きの板戸])に輿が寄せられて、それに乗られよと申すものじゃから、申すままに乗ったまでのことじゃ」と答えました。土佐守(高師秋)は、「この女房に騙されたか。かの御所へ打ち入って、奪い取らずには下るまいぞ」と申して、尼を勢多(現滋賀県大津市勢田)の橋詰に打ち捨てて、空輿を舁き戻し、また京に上りました。元より思慮浅い土佐守のことでしたので、菊亭殿に押し寄せると、四方の門を固めて、残る所なく捜しました。御所にいた人々は、「これはどういうこと」と申して、上下ともにあわて騒ぐこと尋常ではありませんでした。


続く


[PR]
by santalab | 2017-02-20 06:48 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」作々木信胤成宮方事(...      「太平記」作々木信胤成宮方事(... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧