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「太平記」義助予州下向の事(その2)

飛行ひぎやう三鈷さんこ地に堕ち、しるしに生ひたる一ちうの松、回禄の余烟ほのかに去つて、軒を焦がせる御影堂みえいだうかうけぶり窓を出でて心細く、れいこゑ霧に篭つて物さびし。ここは昔滝口入道が住みたりし菴室あんじつの迹とてたづぬれば、旧き板間に苔して、荒れても漏れぬ夜の月、かしこはいにしへ西行法師が結び置きし、柴のいほりの名残りとて立ち寄れば、払はぬ庭に花散りて、蹈むに迹なきあしたの雪、様々の霊場れいぢやう所々の幽閑いうかんを見給ふにぞ、「遁れぬべくはかくてこそあらまほしく」とのたまひし、維盛これもりきやうの心の中、げにもと被思知たる。しばらくも懸かる霊地に逗留とうりうして、猶も憂き身の汚れを濯ぎたく思はれけれども、軍旅に趣き給ふ事なれば不協して、高野かうやより紀伊に懸かり、千里の浜を打ち過ぎて、田辺の宿に逗留し、渡海の舟をそろへ給ふに、熊野の新宮じんぐう別当べつたう湛誉たんよ・湯浅入道定仏ぢやうぶつ・山本の判官はうぐわん東四郎とうしらう西四郎さいしらう以下いげ熊野人くまのとども、馬・物の具・弓矢・太刀・長刀・兵粮らに至るまで、我不劣と奉りける間、行路かうろたすけ卓散なり。




飛行三鈷杵(弘法大師=空海。が入唐し、明州の港からの帰国の際、師の恵果けいか和尚から贈られた三鈷杵を東の空に向けて投げた)がかの地に落ちた、験として生えた一株の松(三鈷の松)、回禄([火災])の余煙ほのかに去って、軒を焦がした御影堂、香の煙は窓を出て心細く、鈴の音は霧にこもって寂しげでした。ここは昔滝口入道(斎藤時頼ときより)が住んでいた庵室の跡と訪ねれば、古びた板間に苔生して、荒れても漏れぬ夜の月、ここは昔西行法師(佐藤義清のりきよ)が結んだ、柴の庵の名残りと立ち寄れば、払わぬ庭に花が散って、踏む跡もない朝の雪のようでした、様々の霊場所々の幽閑を見て、「もしも遁れることができたならばここで余生を送りたい」と申した、維盛卿(平維盛。平清盛の嫡孫、平重盛しげもりの嫡男)の心の内が、思い知られるのでした。しばらくもこの霊地に逗留して、なおも憂き身の汚れを雪ぎたく思いましたが、軍旅に赴く途中でしたので叶わずして、高野より紀伊路に懸かり、千里浜(現和歌山県日高郡みなべ町)を打ち過ぎて、田辺宿(現和歌山県田辺宿)に逗留し、渡海の舟を催しました、熊野新宮別当湛誉・湯浅入道定仏(湯浅宗藤むねふぢ)・山本判官・東四郎・西四郎以下の熊野人どもが、馬・物の具([武具])・弓矢・太刀・長刀・兵粮に至るまで、我劣らずと贈ったので、行路の助けは十分でした。


続く


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by santalab | 2017-02-23 07:08 | 太平記 | Comments(0)

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