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「太平記」北野通夜物語の事付青砥左衛門事(その13)

旅寝のゆかに秋深けて、浦風寒く成るままに、り焚く葦の通夜よもすがら、臥し佗びてこそ明かしけれ。朝に成りぬれば、あるじ尼公にこう手づから飯匙いひがひ取る音して、しひの葉折り敷きたる折敷をしきの上に、かれいひ盛りて持ち出で来たり。甲斐甲斐かひがひしくは見へながら、懸かるわざなんどに馴れたる人とも見へねば不審おぼつかなく思えて、『などや御内に被召仕人は候はぬやらん』と問ひ給へば、尼公泣く泣く、『さ候へばこそ、我は親のゆづりを得て、この所の一分の領主にてさうらひしが、をつとにもおくれ子にも別れて、便りなき身と成り果て候ひし後、惣領そうりやうなにがしまうす者、関東くわんとう奉公の権威を以つて、重代相伝の所帯を押さへ取つて候へども、京鎌倉に参つて可訴詔申代官も候はねば、この二十にじふ余年貧窮孤独びんぐうこどくの身と成つて、麻の衣の浅ましく、垣面かきもの柴のしばしばも、永らふべき心地侍らねば、袖のみ濡るる露の身の、消えぬほどとて世を渡る。朝食あさけけぶりの心細さ、ただ推し量り給へ』と、くはしくこれを語つて、涙にのみぞ咽びける。




旅寝の床に秋深けて、浦風寒くなるままに、折り焚く葦の夜もすがら、(鎌倉幕府第五代執権、北条時頼ときよりは)臥し佗びて夜を明かした。朝になると、主の尼公が自ら飯匙([しゃもじ])を取る音がして、椎の葉を折り敷いた折敷([檜の経木へぎ=木材を薄く削りとったもの。で作った縁つきの盆])の上に、餉([乾飯])を盛って参らせた。忠実忠実しく見えながら、このようなことに馴れた人とも思えなく怪しんで、『身内に召し仕える人はおられぬか』と訊ねると、尼公は泣く泣く、『そう見えましたか、わたしは親の譲りを受けて、わずかにこの所の領主でございました、夫にも後れ子にも死に別れて、頼りなき身と成り果てました後、惣領(惣領地頭)のだれそれと申す者が、関東(鎌倉幕府)奉公の権威をもって重代相伝の所帯を押領しました、京鎌倉に参って訴詔を申すべき代官もございませんので、この二十余年貧窮孤独の身となって、麻衣([粗末な衣服。喪服])に身を窶し、垣面の柴の隙さえも、永らえる心地もなく、袖のみ濡れる露の身が、わずかに消えぬほどに世を渡っております。朝食の煙の心細さを、ただ推し量りくださいませ』と、事の顛末を語ると、涙に咽んでおった。


続く


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by santalab | 2017-02-26 09:13 | 太平記 | Comments(0)

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