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「太平記」義助朝臣病死の事付鞆軍の事(その3)

備後・安芸・周防の舟は皆大船なれば、ともに櫓を高く掻いて、指し下ろして散々に射る。伊予・土佐の舟は皆小舟なれば、逆櫓さかろを立てて縦横に相当あひあたる。両方のつはもの、よしや死して海底の魚腹にさうせらるるとも、逃げて天下てんがの人口には落ちじものをと、互ひに機を進め、一引きも不引終日ひねもす戦ひ暮らしける処に、海上にはかに風来たつて、宮方の舟をば悉く西を差して吹き戻す。寄せ手の舟をば悉く伊予の地へ吹き送る。夜に入りて風少し静まりければ、宮方の兵ども、「これほどに運の利かぬ時なれば、如何に思ふとも不可叶。ただ元の方へ漕ぎかへすべきか」とまうしけるを、大将金谷かなや修理しゆりの大夫、「運を計り勝つ事を求むる時こそ、身をまつたうして功をなさんとは思へ。ただ一人たのみたる大将軍脇屋義助よしすけは病ひに被侵失せ給ひぬる上は、今は可為方なき微運の我らが、生きてあらばいか許りの事か可有。命を限りの戦ひして、弓矢の義を専らにする許りなるべし。されば運の通塞も軍の吉凶も非可謂処。いざや今夜備後のともへ推し寄せて、そのじやうを追ひ落として、中国の勢着かば西国を責め随へん」とて、その夜の夜半許りに、備後の鞆へ押し寄する。




備後・安芸・周防の舟は皆大船でしたので、艫([船の後方])・舳([船の前方])に櫓を高く掻いて、下ろ様に散々に矢を射ました。伊予・土佐の舟は皆小舟でしたので、逆櫓([船を後ろへも自由に漕ぎ進められるように 、艪を船の前部に取り付けること])を立てて縦横から当たりました。両方の兵は、たとえ死んで海底の魚腹に葬られることになろうとも、逃げて天下の人口に落ちまいと、互い勇み立ち、一引きも引かず終日戦い暮らすところに、海上は急に荒れて、宮方の舟を残らず西方に吹き戻しました。寄せ手の舟は残らず伊予の地に吹き送りました。夜に入って風が少し静まれば、宮方の兵どもは、「これほど運がない時ならば、何を思うとも叶うまい。ただ元の方へ漕ぎ返すべきか」と申すと、大将金谷修理大夫(金谷経氏つねうぢ)、「運を頼って勝つことを求めるより、身を全うして功をなそうとは思わぬか。ただ一人頼みにしていた大将軍脇屋義助(新田義貞の弟)が病いに失せた上は、今は申すべくもない微運の我らが、命長らえたところで何になろうや。命を限りの戦いをして、弓矢(武士)の義を専らにする他あるまい。なれば運の通塞([幸と不幸])も軍の吉凶も気にすることはない。どうだ今夜備後の鞆(現広島県福山市)へ押し寄せて、敵を城から追い落として、中国の勢が付けば西国を攻め従えようではないか」と申して、その夜の夜半ばかりに、備後の鞆へ押し寄せました。


続く


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by santalab | 2017-02-28 07:07 | 太平記 | Comments(0)

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