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「太平記」北野通夜物語の事付青砥左衛門事(その20)

加様かやうに無私処神慮にや通じけん。ある時相摸のかみ鶴岡つるがをかの八幡宮に通夜つやし給ける暁、夢に衣冠いくわん正しくしたる老翁一人枕に立つて、『政道をなほくして、世を久しく保たんと思はば、心私なく理に不暗青砥左衛門あをとさゑもん賞翫しやうくわんすべし』とたしかに被示と思へて、夢忽ちに覚めてげり。相摸の守つとにかへり、近国の大庄八箇所自筆に補任を書きて、青砥左衛門あをとさゑもんにぞ賜ひたりける。青砥左衛門あをとさゑもん補任をひらき見て大きに驚きて、『これは今何事に三万貫に及ぶ大庄賜はり候ふやらん』と問ひ奉りければ、『夢想に依つて、先づ且く充て行ふなり』と答へ給ふ。青砥左衛門顔を振つて、『さては一所をもえこそ賜り候まじけれ。且は御意のとほりも歎き入りて存じ候ふ。物の定相ぢやうさうなきたとへにも、如夢幻泡影如露亦如電によむげんはうやうによろやくによでんとこそ、金剛経にも説かれて候へば、もしそれがしが首を刎ねよと云ふ夢を被御覧候はば、無咎共如夢被行候はんずるか。報国の忠薄くして、超涯てうがいしやうかうむらん事、これに過ぎたる国賊や候ふべき』とて、すなは補任ふにんをぞ返しまゐらせける。自余の奉行どもも加様かやうの事を聞きて己を恥ぢし間、これまでの賢才はなかりしかども、いささかも背理耽賄賂事をせず。ここを以つて平氏相州さうしう八代まで、天下を保ちしものなり。




このように私なきところが神慮に通じたのか。ある時相摸守(鎌倉幕府第五代執権、北条時頼ときよりらしい)が、鶴岡八幡宮(現神奈川県鎌倉市にある神社)に通夜した暁、夢に衣冠正しくした老翁が一人枕元に立って、『政道を正しくして、世を久しく保とうと思えば、私心なく理に暗からぬ青砥左衛門(青砥藤綱ふぢつな。鎌倉時代後期の武士)を大切にせよ』と確かに示したと思えて、夢はたちまちに覚めた。相摸守は朝早く帰ると、近国の大庄八箇所の補任状([官職に任命する状])を自筆で書いて、青砥左衛門に賜わった。青砥左衛門は補任状を開いてたいそう驚いて、『これはどういう訳で三万貫に及ぶ大庄を賜わると申されるや』と訊ねると、『夢想によって、まずはしばらく与えるものである』と答えた。青砥左衛門は顔を振って、『そういうことならば一所をも賜わる訳には参りません。そのようなお考えさえ嘆かわしく思われます。物の定相([永久に変化しない、一定のかたち])なき例えに、如夢幻泡影如露亦如電([この世のものはすべて夢幻、泡や露や電光のようにはかないものとである])と、金剛経にも説かれおります、もしわたしの首を刎ねよという夢をご覧になれば、罪なくとも夢のままに誅されると申されますや。報国の忠薄くして、超涯([身分に過ぎたこと])の賞を蒙ること、これに過ぎた国賊がありましょうか』と申して、たちまち補任を辞退した。自余の奉行どももこの事を聞いて己を恥じたので、青砥左衛門ほどの賢才ではないにしろ、わずかも理に背き賄賂に耽ることはなかった。こうして平氏相州(北条武蔵守)は八代まで、天下を保つことができたのだ。


続く


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by santalab | 2017-02-28 08:00 | 太平記 | Comments(0)

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