Santa Lab's Blog


「太平記」北野通夜物語の事付青砥左衛門事(その22)

これしかしながら上方らうへかた御存知なしといへども、責め一人に帰するいはれもあるか。かくては抑世のをさまると云ふ事の候ふべきか。せめては宮方にこそ君も久しく艱苦かんくめて、民の愁へを知ろし召し候へ。臣下もさすが知慧ある人おほく候ふなれば、世を可被治器用も御渡り候ふらんと、心憎く存じ候へ」と申せば、鬢帽子びんばうししたる雲客打ち微笑みて、「何をか心憎く思し召し候ふらん。宮方の政道も、ただこれと重二ぢゆうに重一ぢゆういちにて候ふものを。某も今年の春まで南方に伺候してさうらひしが、天下をくつがへさん事も守文しゆぶんの道も叶ふまじきほどを至極見透かして、さらば道広く成つて、遁世をも仕らばやと存じて、京へ罷り出て候ふあひだ、宮方の心憎き所は露許りも候はず。




これは上の知らぬことであろうが、その責め一人(天皇)に帰する道理もあるか。どうして世が治まることがあろうや。せめて宮方には君(第九十七代後村上天皇)も久しく艱苦([悩み苦しむこと。つらく苦しいこと])を嘗めて、民の悲しみをお知りになられますよう。臣下にもさすが知慧のある人が多くおられますれば、世を治めるべき器用もおられるであろうと、頼もしく思っておるのだが」と申せば、鬢帽子をかぶった雲客([殿上人])は嘲笑して、「何が頼もしいものか。宮方の政道も、ただこれと瓜二つ、いやまったく同じよ。わしは今年の春まで南方(南朝)に伺候しておったが、天下を覆えすことも守文([君主が、始祖の残した法律・制度を守って国を治めること])の道も叶うことはあるまいと見透かして、ならば願うままに、遁世しようと思うて、京にやって来たのだ、宮方が頼りになるとは露ほども思ってはおらぬ。


続く


[PR]
by santalab | 2017-03-01 07:48 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」北野通夜物語の事付青...      「太平記」義助朝臣病死の事付鞆... >>

Santa Lab's Blog
by santalab
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
すみません、日本語の起源..
by 春日 at 21:17
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧