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「太平記」北野通夜物語の事付青砥左衛門事(その25)

ここに弘農こうのう楊玄璬やうげんえんが娘に楊貴妃と云ふ美人あり。養はれて在深窓人未だ知之。天のせる麗質れいしつなれば更に人間のたぐひとは不見けり。ある人これをなかだちして、寧王ねいわうの宮へまゐらせけるを、玄宗聞こし召して高力士かうりきしと云ふ将軍しやうぐんを差し遣はし、道よりこれを奪ひ取つて後宮へぞかしつき入れ奉りける。寧王ねいわう無限無本意事に思し召しけれども、御弟ながら時の天子として振る舞はせ給ふ事なれば、不及力。寧王も同じ内裏の内に御坐ありければ、御遊ぎよいうがある度毎に、玉の几帳きちやうはづ金鶏障きんけいしやうひまより楊貴妃のかたちを御覧ずるに、一度ひとたびめるまなじりには、金谷千樹きんこくせんじゆの花にほひを恥ぢて四方しはうの嵐に誘引さそはれ、ほのかに見たる容貌ようばうは、銀漢ぎんかん万里の月よそほひをねたみて五更ごかうの霧に可沈。雲居遥かにいかつちの中をけずは、何故なにゆゑか外には人を水の泡の哀れとは思ひ消ゆべきと、寧王思ひに堪へ兼ねて、臥し沈み歎かせ給ひける御心の中こそ哀れなれ。




弘農県の楊玄璬の娘に楊貴妃という美人がおった(楊貴妃は、蜀州司戸の楊玄淡の四女。楊玄璬は叔父・養父)。深窓([家の奥深い所])に養われて人は知らなかったが。天成の麗質([髪の毛、皮膚、顔だちなどの美しい生まれつき])なればまったく人間の類とも見えなかった。ある人が楊貴妃を媒酌して、寧王(玄宗の兄。正しくは玄宗の子、寿王=李瑁りぼう)の宮に参らせましたが、玄宗(唐の第九代皇帝)が聞いて高力士という将軍を差し遣わし、道中で楊貴妃を奪い取って後宮に入れ参らせたのだ。寧王は限りなく本意なく思ったが、弟ながら時の天子として振る舞っておったので、どうしようもなかったのだ。寧王も同じ内裏の内におられたので、御遊などある度毎に、玉の几帳([間仕切りや目隠しに使う屏障具の一])の外れ錦鶏障([錦鶏=キジ科の鳥。の絵が描かれている宮中のふすま障子])の隙より楊貴妃の姿を見れば、一度微笑む目元には、金谷千樹の花もその色を恥じて四方の嵐とともに散り、ほのかに見える顔立ちは、銀漢([銀河])万里の月もその美しさを妬んで五更([夜])の霧に沈むようであった。雲居遥かの雷に打たれ身を裂かれるほかは、この悲しみに人は水の泡のように消えることができようかと、寧王は悲しみに堪えかねて、臥し沈み嘆く心の内は哀れなものだった。


続く


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by santalab | 2017-03-02 07:53 | 太平記 | Comments(0)

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