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「太平記」北野通夜物語の事付青砥左衛門事(その26)

天子の御かたはらには、大史の官とて、八人の臣下長時ぢやうじに伺候して、君の御振る舞ひを、就善悪しるし留め、官庫にをさむる習ひなり。この記録をば天子も不被御覧、片方かたへの人にも不見、ただ史書に書き置きて、前王の是非を後王のいましめに備ふるものなり。玄宗皇帝くわうてい寧王ねいわうの夫人を奪ひ取り給へる事、いかさま史書に被注留ぬと思し召しければ、密かに官庫を開かせて、大夫の官が注す所を御覧ずるに、果たしてこの事をありの侭に注し付けたり。玄宗大きに逆鱗げきりんあつて、この記録を引き破つて被捨、史官をば召し出して、すなはち首をぞ被刎ける。それより後大史の官けて、この職に居る人なかりければ、天子非ををかさせ給へども、敢へて憚る方も不御坐。




天子のそばには、大史官と申して、八人の臣下が長時伺候して、君の振る舞いを、善悪付けて記し留め、官庫に納める習いがあった。この記録をは天子も見ることができず、近習の人にも見せなかった。ただ史書に書き置き、前王の是非を後王の誡めとするためであった。玄宗皇帝(唐の第九代皇帝)が寧王(正しくは、玄宗の子、寿王=李瑁りぼう。寧王は玄宗の兄、李憲りけん)の夫人(楊貴妃)を奪い取ったことを、きっと史書に記し留めたであろうと思い、密かに官庫を開かせて、大史官が記すところを見れば、この事がありのままに記されておった。玄宗はたいそう怒り、この記録を引き破って捨て、史官を召し出して、たちまち首を刎ねたのだ。それより後は大史官は欠官となり、この職に就く人はなかったので、天子が非を犯しても、憚かることはなかった。


続く


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by santalab | 2017-03-02 07:59 | 太平記 | Comments(0)

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