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「太平記」北野通夜物語の事付青砥左衛門事(その32)

斯かる処に釈氏の中より、時の大臣なりける人一人、寄せ手の方へかへり忠をして申しけるは、『釈氏の刹利種せつりしゆは五戒を持たるゆゑにかつて人を殺す事をせず。たとひ弓強くして遠矢を射るとも人に射当つる事は不可有。ただ寄せよ』とぞ教へける。寄せ手大きに悦びて今は楯をも不突鎧をも不著、鬨の声を作りかけて寄せけるに、げにも釈氏どもの射る矢更に人に不中、ほこを仕ひ剣を抜いても人を斬る事なかりければ、摩竭陀国まかだこくの王宮忽ちに被責落、釈氏の刹利種悉く一日が中に滅びんとす。この時仏弟子目連もくれん尊者、釈氏の無残所討たれなんとするを悲しみて、釈尊の御所みもとに参つて、『釈氏已に瑠璃王るりわうの為に被亡て、わづかに五百人残れり。世尊何ぞ以大神通力五百人の刹利種を不助給や』と被申ければ、釈尊、『止みなん止みなん、因果の所感仏力にも難転』とぞのたまひける。目連尊者なほも不堪悲に、『たとひ定業ぢやうごふなりとも、以通力これを隠弊いんへいせんになどか不助や』と思し召して、くろがねの鉢の中にこの五百人を隠し入れて、忉利天たうりてんにぞ被置ける。




そうこうするところに釈氏(釈迦族)の中より、時の大臣であった人が、寄せ手の方へ返り忠([主君に背いて敵方に通じること])をして申すには、『釈氏の刹利種([刹利]=[古代インド四姓制度の第二階級。婆羅門に つぐもので、王侯・貴族・武士の階級])は五戒([在家の信者が守らなければならない基本的な五つの戒め。不殺生・不偸盗ふちゆうとう不邪淫ふじやいん・不妄語・不飲酒ふおんじゆの五つ])を保つ故に今まで人を殺したことがありません。たとえ弓強くして遠矢を射るとも人に当てることはありません。ただ寄せなさい』と教えたんじゃ。寄せ手はたいそうよろこんで楯も突かず鎧も着ず、鬨の声を作りかけて寄せると、まこと釈氏どもの射る矢はまったく人に当たらず、鉾を突き剣を抜いても人を斬ることはなかった、摩竭陀国(マガダ国。古代インドにおける十六大国の一)の王宮はたちまち攻め落とされて、釈氏の刹利種は残らず一日が内に滅びようとしておった。この時仏弟子目連尊者(摩訶目犍連まかもつけんれん。釈迦の十大弟子の一人。神通第一)は、釈氏が残りなく討たれることを悲しんで、釈尊(釈迦)の御所に参ると、『釈氏はすでに瑠璃王(毘瑠璃王。コーサラ国王。ヴィドゥーダバ)に亡ぼされて、わずかに五百人が残るばかりです。世尊よどうして大神通力をもって五百人の刹利種を助けないのですか』と申せば、釈尊は、『止めておかれよ、因果の所感([過去の行為が結果を生ずること])は仏力でも変えられぬ』と申したんじゃ。目連尊者なおも悲しみに堪えず、『たとえ定業([その報いとして起こる結果が定まっている行為])なりとも、通力をもってこれを隠弊すれば助けられぬことがあろうか』と思い、鉄の鉢の中にこの五百人を入れて、忉利天([[欲界における六欲天の第二天]])に隠し置いたんじゃ。


続く


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by santalab | 2017-03-04 07:52 | 太平記 | Comments(0)

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