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「太平記」北野通夜物語の事付青砥左衛門事(その33)

摩竭陀国まかだこくの軍果て瑠璃王るりわうつはものども皆本国にかへりければ、今は子細非じとて目連神力の御手をのべて、忉利天たうりてんに置かれたる鉢をあふのけて御覧ずるに、以神通被隠五百人の刹利種せつりしゆ、一人も不残死にけり。目連悲しみてその故を仏に問ひ奉る。仏答へてのたまはく、「皆これ過去の因果いんぐわなり。いかでか助かる事を得ん。その故は、往昔わうせきに天下三年ひでりして無熱池むねつちの水かはけり。この池に摩羯魚まかつぎよとて尾首をかしら五十丈ごじふぢやうの魚あり。また多舌魚たぜつぎよとて如人ものいふ魚あり。ここに数万人すまんにんすなとりども集つて水を換へ尽くし、池をして魚を捕らんとするに、魚更になし。漁父ども求むるに無力空しく帰らんとしける処に、多舌魚岩穴いはあなの中より這ひ出でて、漁父どもに向かつて申しけるは、『摩羯魚はこの池のうしとらの角に大きなる岩穴を掘つて水をたたへ、無量の小魚どもを伴ひて隠れ居たり。早くその岩を引きけて隠れ居たる摩羯魚を可殺。加様かやうに告げ知らせたる報謝はうしやに、なんぢら我が命を助けよ』とくはしくこれを語つて、多舌魚は岩穴の中へぞ入りにける。




摩竭陀国(マガダ国。古代インドにおける十六大国の一)の軍は果てて瑠璃王(毘瑠璃王。コーサラ国王。ヴィドゥーダバ)の兵どもは皆本国に帰ったので、今は何の心配もないと目連(摩訶目犍連まかもつけんれん。釈迦の十大弟子の一人。神通第一)は神通力の手を伸べて、忉利天([欲界における六欲天の第二天])に置いた鉢を取り除けて見れば、神通力をもって隠しておいた五百人の刹利種([刹利]=[古代インド四姓制度の第二階級。婆羅門に つぐもので、王侯・貴族・武士の階級])は、一人も残らず死んでしもうた。目連は悲しんでその訳を仏(釈迦)に訊ねたんじゃ。仏は答えて、「これは皆過去の因果である。助けることはできなかったのだ。その故は、その昔天下は三年日照りして無熱池([阿耨達池あのくだつち]=[ヒマラヤ山脈の北にあるとする想像上の池。金銀や宝石が岸を形成し、アナバタプタという竜王が住む])の水が干上がった。この池に摩羯魚という尾首五十丈(約150m)の魚が住んでおった。また多舌魚といって人のように物言う魚も住んでいた。数万人の漁師が集まって水を汲み出し、池を干して魚を捕ろうとしたが、まったく魚はおらんじゃった。漁父どもは求める魚がいなくて仕方なく帰ろうとするところに、多舌魚が岩穴の中から這い出て、漁父どもに向かって申すには、『摩羯魚はこの池の艮([北東])の角に大きな岩穴を掘って水を湛え、無数の小魚どもとともに隠れています。早くその岩を引き除けて隠れている摩羯魚を殺しなさい。こうして告げ知らせた報謝に、我が命を助けて欲しい』と詳しく話して、多舌魚は岩穴の中に入って行ったんじゃ。


続く


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by santalab | 2017-03-04 07:57 | 太平記 | Comments(0)

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