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「太平記」北野通夜物語の事付青砥左衛門事(その36)

かくて精勤修習しやうごんしゆしふせしかばやがて阿羅漢のくわをぞ得たりける。さてもなほ貧窮びんぐうなる事は不替。長時ちやうじに鉢を空しくしければ仏弟子たちこれをあはれみて、梨軍支りぐんし比丘びくにのたまひけるは、『宝塔の中に入つて坐せよ。参詣の人の奉らんずる仏供ぶつくを請けて食はんに不足あらじ』とぞをしへられける。梨軍支悦びて塔の中に入つてねぶり居たるその間に、参詣の人仏供を奉りたれども更にこれを不知。時に舎利弗五百人の弟子を引きて、他邦たはうより来て仏塔の中を見給ふに、参詣の人の奉る仏供あり。これを払ひ集めて、乞丐人こつがいにんに与へ給ふ。その後梨軍支ねぶり醒めて、食せんとするに物なし。足摺りをしてぞ悲しみける。舎利弗これを見給ひて、『なんぢあながちに勿愁事、我今日汝を具して城に入り、旦那のしやうを可受』とて伽耶城がやじやうに入つて、檀那だんなの請を受け給ふ。二人ににん沙門しやもん已に鉢を挙げていひけんとし給ひける処に、檀那の夫婦にはかにいさかひをし出だして、共に打ち合ひける間、心ならず飯を打ちこぼして、舎利弗・梨軍支共に餓ゑてぞかへり給ひける。




こうして(梨軍支は)精勤([仕事や学業などにまじめに励むこと])修習([学問・技能などを習って身につけること])したのでたちまち阿羅漢([仏教において、尊敬や施しを受けるに相応しい聖者のこと])の果([仏道修行によって得た悟りの境地])を得たのじゃ。それでもなお貧窮([貧しくて生活に苦しむこと])のままじゃった。いつも鉢は空じゃったので仏弟子たちは梨軍支を憐れんで、梨軍支比丘に申すには、『宝塔の中に入って座っておれ。参詣の人が奉る仏供([仏前に供える物、特に米飯])をもらって食えば腹が減ことはない』と教えた。梨軍支はよろこんで塔の中に入ると眠ってしもうた。参詣の人が仏供を奉りましたがまったく梨軍支には気付かんじゃった。この時舎利弗(釈迦の十大弟子の一人。智慧第一)が五百人の弟子を連れて、他邦([他国])からやって来て仏塔の中を見ると、参詣の人が奉る仏供があった。これを集めて、乞丐人([乞食])に与えたんじゃ。その後梨軍支は眠りから醒めて、食おうとしたが何もなかったんじゃ。足摺り([とりかえしのつかないことを悔やむときの動作])をして悲しんだ。舎利弗はこれを見て、『お主よそんなに悲しむな、わたしが今日お主を連れて城に入り、旦那([布施をする人])の請に応じてやろう』と申して伽耶城([古代マガダ国の都城])に入ると、檀那の請を受けたんじゃ。二人の沙門([バラモン階級以外の出身の男性修行者])が鉢を掲げて飯を請けようとした時、檀那の夫婦が急に喧嘩を始めて、叩き合ったので、思わず飯を叩きこぼされて、舎利弗・梨軍支ともに餓えて帰ったんじゃ。


続く


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by santalab | 2017-03-05 09:24 | 太平記 | Comments(0)

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