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「太平記」北野通夜物語の事付青砥左衛門事(その39)

ここに梨軍支りぐんし比丘大きに慚愧ざんぎして、四衆の前にして、『今はこれならでは可食物なし』とて、砂を噛み水を飲みてすなはち涅槃に入りけるこそ哀れなれ。諸々の比丘怪しみて、梨軍支が前生の所業しよげふを仏に問ひ奉る。于時世尊諸々の比丘に告げて曰はく、『なんぢら聞け、乃往過去ないわうくわこに、波羅奈国はらないこくに一人の長者あつて名をば瞿弥くみと云ふ。供仏施僧くぶつせそうの心ざし日々に不止。瞿弥已に死して後、その妻相続あひつづいて三宝に施しする事同じ。長者が子これを忿いかつてその母を一室の内に置き、門戸もんこを堅く閉ぢて出入を不許。母泣涕する事七日、飢ゑて死なんとするに臨んで、母、子に向かつて食をふに、子忿れる眼を以つて母を睨みて曰はく、「宝を施行せぎやうにし給はば、なんぞいさごを食らひ水を飲んで飢ゑを不止」と云ひてつひに食物を不与。食絶えて七日に当たる時母はつひに食に飢ゑて死ぬ。




ここに至って梨軍支比丘はたいそう慚愧([慚]=[自己に対して恥じること]、[愧]=[外部に対してその気持ちを示すこと])して、四衆([仏教徒を四つに分けたもの。比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷])を前にして、『今はこのほかに食う物なし』と言って、砂を噛み水を飲んでたちまち涅槃([死ぬこと])に入ったのは哀れなことじゃった。諸々の比丘([出家して、定められた戒を受け、正式な僧となった男子])は怪しんで、梨軍支の前生の所業を仏(釈迦)に訊ねたんじゃよ。時に世尊は諸々の比丘に告げ申して、『お前たちよ聞きなさい、乃往過去(遠い昔)に、波羅奈国(古代インドの王国)に一人の長者があって名を瞿弥といった。供仏施僧([仏を供養し僧をもてなすこと])の心ざしを常に持っておった。瞿弥が死んだ後は、妻が変わりなく三宝([仏・法・僧])に施しをしておった。長者の子はこれに腹を立てて母を一室に籠め置き、門戸を堅く閉じて出入を許さなかった。母は七日間泣涕しておったが、飢え死にするに臨んで、母は、子に向かって食を乞うたが、子は怒れる目で母を睨んで申して、「宝を施行([仏法の善行を積むため僧侶や貧しい人々に物を施し与えること])しているのだから、砂を食らい水を飲んでも飢えを癒せるだろう」と言って食物を与えなかったのだ。食絶えて七日に当たる時に母は遂に食に飢えて死んでしもうた。


続く


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by santalab | 2017-03-06 08:20 | 太平記 | Comments(0)

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