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「太平記」大館左馬助討死の事付篠塚勇力の事(その2)

加様かやうに人々自害しけるその中に、篠塚伊賀のかみ一人は、大手の一二の木戸無残押し開きて、ただ一人ぞ立ちたりける。降人かうにんに出づるかと見ればさはなくて、紺糸のよろひに、鍬形くはがた打つたる兜のを縮め、四尺ししやく三寸ありける太刀に、八尺余りの金撮棒かなさいぼう脇に挿し挟みて、大音だいおん揚げてまうしけるは、「外にては定めて名をも聞きつらん。今近付いて我を知れ。畠山庄司しやうじ次郎重忠しげただに六代のそん、武蔵の国に育つて、新田殿に一人当千と憑まれたりし篠塚伊賀の守ここにあり。討つて勲功にあづかれ」と呼ばはりて、百騎許り控へたる敵の中へ、ちつとも擬議ぎぎせずわしり懸かる。そのいきほひ事柄勇鋭たるのみならず、兼ねて聞こえし大力だいりきなれば、誰かはこれを可遮止。百余騎の勢東西へさつと引き退いて、中を開いてぞ通しける。篠塚馬にも不乗弓矢を持たず、しかもただ一人なれば、「何程の事か可有。ただ近付く事なくて遠矢に射殺せ。かへし合はせば懸け悩まして討て」とて、とうきつばんの者ども、二百余騎迹に付いて追つ懸くる。




こうして人々が自害するその中に、篠塚伊賀守(篠塚重広しげひろ)ただ一人は、大手([城の正面])の一二の木戸を残りなく押し開いて、ただ一人出て行きました。降人に出るかと見ればそうではなく、紺糸の鎧に、鍬形を打った兜の緒を縮め、四尺三寸もある太刀に、八尺余りの金撮棒(赤鬼が一般的に持っている金砕棒)を脇に挿し挟み、大声上げて申すには、「きっと名を聞いておろう。近付いて顔を見よ。畠山庄司次郎重忠(畠山重忠)には六代孫、武蔵国に育って、新田殿(新田義貞)に一人当千と頼みにされた篠塚伊賀守はここだ。討って勲功に預かれ」と叫んで、百騎ばかり控えたる敵の中へ、ちっとも擬議([危ぶみためらうこと])もせず走り懸かりました。その勢い戦い様は勇鋭であるばかりでなく、かねて聞こえる通り大力でしたので、誰もこれを止めることができませんでした。百余騎の勢は東西へさっと引き退いて、中を開いて通しました。篠塚は馬にも乗らず弓矢も持たず、しかもただ一人でしたので、「何ほどのことがあろうや。ただ近付かず遠矢に射殺せ。向かって来れば駆け疲れさせて討て」と、藤(藤原氏)・橘(橘氏)・伴(伴氏)の者ども、二百余騎が後を追いかけました。


続く


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by santalab | 2017-03-07 07:28 | 太平記 | Comments(0)

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