Santa Lab's Blog


「太平記」先帝崩御の事(その1)

南朝の年号延元三年八月九日より、吉野の主上しゆしやう不予ふよの御事ありけるが、次第に重らせ給ふ。医王善逝ぜんぜいの誓約も、祈るにそのしるしなく、耆婆扁鵲ぎばへんじやくが霊薬も、施すにその験をはしまさず。玉体日々に消えて、晏駕あんかの期遠からじと見へ給ひければ、大塔おほたふ忠雲ちゆううん僧正そうじやう、御枕に近付き奉て、なみだを抑へて申されけるは、「神路山かみぢやまの花二たび開くる春を待ち、石清水いはしみずの流れつひに澄むべき時あらば、さりとも仏神三宝も捨てまゐらせらるる事はよも候はじとこそ存じさふらひつるに、御脈すでに替はらせ給ひて候ふ由、典薬の頭かみ驚きまうし候へば、今はひとへに十善の天位を捨てて、三明さんみやう覚路がくろに赴かせ給ふべき御事をのみ、思し召し被定候ふべし。さても最期の一念に依つて三界にしやうを引くと、経文きやうもんに説かれて候へば、万歳ばんぜいの後の御事、よろづ叡慮に懸かり候はん事をば、悉くおほせ置かれさふらひて、後生善所ごしやうぜんしよの望みをのみ、叡心に懸けられ候ふべし」と申されたりければ、




南朝の年号延元三年(1338)の八月九日より、吉野の主上(第九十六代後醍醐天皇)は病いを患われて、次第に重くなられました。医王善逝(薬師如来)の誓約も、祈るにその験なく、耆婆扁鵲([世にもまれな名医。耆婆は古代インドの名医、扁鵲は中国の戦国時代の名医 ])の霊薬も、施すにその験はありませんでした。玉体の姿は日々に消えて、晏駕([天子の死ぬこと。崩御])の期遠からじと見えたので、大塔(現京都市左京区にあった法勝寺)の忠雲僧正が、枕元に近付いて、涙を抑えて申すには、「神路山(現三重県伊勢市宇治にある山域)の花が再び咲く春を待ち、石清水(現京都府八幡市にある石清水八幡宮)の流れが遂つひに澄むべき時あらば、よもや仏神三宝([仏・法・僧])もお捨てになられることはないと思っておりましたが、脈すでに弱くなっておられると、典薬頭が驚き申しますれば、今はひとえに十善の天位を捨てて、三明の覚路([三明は仏となるべき智慧であることから〕、仏となるべき道])に赴かれることのみ、願われますよう。それにいたしましても最期の一念によって三界([一切衆生が、生まれ、また死んで往来する世界。欲界・色界・無色界の三つの世界])に生を引くと、経文に説かれておりますれば、万歳([貴人の死])の後の御事、万事叡慮に懸かられる事は、残らず仰せ置かれ、後生善所([来世には極楽浄土に生まれるということ ])の望みをのみ、叡心に懸けられますよう」と申しました、


続く


[PR]
by santalab | 2017-03-09 08:05 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」公家一統政道の事(その4)      「太平記」公家一統政道の事(その3) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
返歌 草枕…に因んで短歌..
by 井上勇 at 23:54
ただおし出づるままに の..
by SiNa at 21:40
「義経記」の御紹介記事を..
by Magohati38 at 02:04
すばらしいサイト おかげ..
by johsei1129 at 23:54
青き花咲く大地 気高き..
by 北朝鮮の水爆に十神山も激怒 at 02:50
全然現代語訳できてない
by あ at 02:04
 その島根県(旧出雲国東..
by 民俗学者 at 23:34
うーん、松島からまた仙台..
by 五十嵐洋(秋田県大館市) at 00:51
「下野の室の八嶋にて待て..
by 八島 守 at 12:03
ひょんな事から、このブロ..
by yoshy at 18:50
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧