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「太平記」先帝崩御の事(その3)

悲しいかな、北辰ほくしんくらゐ高くして百官星の如くにつらなると雖も、九泉きうせんの旅の路には供奉仕る臣一人もなし。いかんがせん、南山地さがりにして、万卒ばんそつ雲の如くに集まるといへども、無常の敵の来たるをばふせぎ止むるつはもの更になし。ただ中流ちゆうるに舟をくつがへして一の浪に漂ひ、暗夜にともしび消えて、五更ごかうの雨に向かふが如し。葬礼さうれいの御事、兼ねて遺勅ゆゐちよくありしかば、御終焉じゆうえんの御形を改めず、棺槨くわんくわくを厚くし御坐を正しうして、吉野山の麓、蔵王堂ざわうだううしとらなる林の奥に、円丘ゑんきうを高くいて、北向きに奉葬。寂寞じやくまくたる空山くうざんうち、鳥啼き日已に暮れぬ。土墳どふん数尺すしやくの草、一経いつけいなんだ尽きて愁へ未だ尽きず。旧臣后妃泣く泣く鼎湖ていごの雲を瞻望せんばうして、恨みを天辺の月に添へ、覇陵はりようの風に夙夜しゆくやして、別れを夢裡むりの花に慕ふ。あはれなりし御事なり。




悲しいことでした、北辰([北極星])の高位に上り百官が星の如くに連なっておりましたが、九泉([黄泉])の旅路に供奉する臣は一人もいませんでした。どうしたものか、南山は地下がりにして、万卒は雲の如く集まりましたが、無常の敵が攻め来るのを防ぎ止める兵はいませんでした。ただ中流([両岸から見て、川の中ほどの流れ])に舟をひっくり返してまるで一壺(ひょうたん)のように波にただよい、暗夜に燈火が消えて、五更(夜)の雨に向かうようなものでした。葬礼のことは、かねて遺勅がありましたので、終焉の姿そのままに、棺槨([ひつぎ])を高くし坐を正しくして、吉野山の麓、蔵王堂(現奈良県吉野郡吉野町にある金峯山寺蔵王堂)の艮([北東])の林の奥に、円丘を高く築いて、北向きに埋葬しました。寂寞([ひっそりとして寂しい様])とした空山([人気のない山])の裏に、鳥が鳴き日が暮れました。土墳には数尺の草ばかり、一経に涙尽きるとも悲しみは尽きませんでした。旧臣后妃は泣く泣く鼎湖(現河南省)の雲を遠く眺め、恨みを天辺の月に添え、覇陵(前漢四代皇帝、文帝の陵墓。現西安市東郊外にあるらしい)の風に夙夜([朝から晩まで、同じように過ごすこと])して、別れを夢裡([夢中])の花と懐かしみました。哀れなことでした。


続く


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by santalab | 2017-03-11 07:22 | 太平記 | Comments(0)

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