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「太平記」公家一統政道の事(その7)

文観もんくわん上人は硫黄いわうが嶋より上洛しやうらくし、忠円ちゆうゑん僧正は越後ゑちごの国より被帰洛。総じてこの君笠置かさぎへ落ちさせ給ひし刻み、解官停任げくわんちやうにんせられし人々、死罪流刑に逢ひしその子孫、ここかしこより被召出、一時に蟄懐ちつくわいを開けり。されば日来誇武威無本所を、権門高家かうけの武士ども、いつしか成諸庭奉公人、あるひは走軽軒香車後、あるひは跪青侍恪勤前。世の盛衰せいすゐ時の転変てんぺん、歎くに叶はぬ習ひとは知りながら、今の如くにて公家一統の天下ならば、諸国の地頭・御家人は皆奴婢ぬび雑人ざふにんの如くにてあるべし。あはれいかなる不思議も出で来て、武家執四海しかい権世の中にまた成れかしと思ふ人のみ多かりけり。




文観上人は硫黄島(現鹿児島県鹿児島郡三島村)より上洛し、忠円僧正は越後国より帰洛しました。総じてこの君(第九十六代後醍醐天皇)が笠置(現京都府相楽郡笠置町)に落ちられた時に、解官停任となった人々、死罪流刑となったその子孫が、ここかしこより召し出され、一時に蟄懐([心中の不満])を散じました。こうして日頃武威に誇った本所([荘園の実効支配権を有した者])を止めて、権門高家の武士どもは、いつしか諸庭の奉公人となり、あるいは軽軒([軽快な上等の車])香車([立派な車])の後ろに従い、あるいは跪青侍恪勤([忠実に職務に励むこと])の青侍となって御前にひざまずきました。世の盛衰時の転変を、嘆いたところでどうにもならないとは知っていても、今の如く公家一統の天下ならば、諸国の地頭・御家人は皆奴婢・雑人のようなものでした。ああいかなる不思議も起こり、武家が四海([国内])を治める世の中になればよいのにと思う人が多くいました。


続く


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by santalab | 2017-03-13 07:08 | 太平記 | Comments(0)

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