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「太平記」先帝崩御の事(その6)

他家のともがらには、筑紫に菊池・松浦まつら鬼八郎きはちらう・草野・山鹿やまが土肥とひ・赤星、四国には土居・得能・江田・羽床はねゆか、淡路に阿間・志知しうち、安芸に有井、石見には三角みすみの入道・がふの四郎、出雲伯耆に長年ながとしが一族ども、備後には桜山、備前に今木・大富おほどみ・和田・児島、播磨に吉河よしかは、河内に和田にぎた・楠木・橋本・福塚、大和に三輪の西阿せいあ・真木の宝珠丸はうじゆまる紀伊の国に湯浅・山本・井遠ゐとほの三郎・賀藤かとう太郎、遠江には井介ゐのすけ、美濃に根尾ねをの入道、尾張をはりに熱田の大宮司、越前には小国をくに・池・風間・禰津ねづ越中ゑつちゆうかみ・大田信濃の守、山徒には南岸なんがん円宗院ゑんじゆうゐん、この外泛々はんはんともがらは数ふるに不遑。皆義心金石の如くにして、一度も変ぜぬ者どもなり。身不肖に候へども、宗信そうしんかくて候はんほどは、当山に於いてまた何の御怖畏ふゐか候ふべき。何様先づ御遺勅ゆゐちよくに任せて、継体の君を御くらゐに即けまゐらせ、国々へ綸旨を成し下され候へかし」とまうしければ、諸卿皆げにもと思はれける処に、また楠木帯刀たてはき和田にぎた和泉いづみかみ二千余騎にて馳せ参り、皇居くわうきよを守護し奉て、まことに他事なきていに見へければ、人々皆退散の思ひをひるがへして、山中は無為ぶゐに成りにけり。




他家の輩には、筑紫に菊池・松浦鬼八郎(松浦さだむ)・草野・山鹿・土肥・赤星、四国には土居・得能・江田・羽床、淡路に阿間・志知、安芸に有井、石見には三角入道(三隅兼連かねつら)・合四郎、出雲伯耆に長年(名和長年)の一族ども、備後には桜山、備前に今木・大富・和田・児島、播磨に吉川、河内に和田・楠木・橋本・福塚、大和に三輪西阿(玉井西阿)・真木宝珠丸、紀伊国には湯浅・山本・井遠三郎・賀藤太郎、遠江には井介、美濃に根尾入道、尾張に熱田大宮司、越前には小国・池・風間・祢津越中守・太田信濃守、山徒には南岸の円宗院、このほか泛々([軽々しい様])の輩は数えきれません。皆義心を金石の如く固くして、一度も心変わりせぬ者どもでございます。我は不肖の者でございますが、宗信がこう申すからには、当山において何の心配がございましょう。ともかくも遺勅に任せて、継体の君(義良のりよし親王)を位に即け参らせて、国々へ綸旨を下されますよう」と申したので、諸卿も皆もっともなことと思うところに、また楠木帯刀(楠木正行まさつら。楠木正成の長男)・和田和泉守が二千余騎で馳せ参り、皇居を守護し、まこと余念がないように見えたので、人々は皆退散の思いを翻して、山中は平穏となりました。


続く


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by santalab | 2017-03-14 07:50 | 太平記 | Comments(0)

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