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「太平記」公家一統政道の事(その9)

この外相州さうしうの一族、関東くわんとう家風のともがらが所領をば、無指事郢曲妓女えいきよくぎぢよの輩、蹴鞠伎芸しうきくぎげいの者ども、乃至ないし衛府諸司ゑふしよし・官女・官僧まで、一跡・二跡を合はせて、内奏よりまうし賜はりければ、今は六十六ろくじふろく箇国の内には、立錐りつすゐの地も軍勢に可行闕所はなかりけり。かりければ光経みつつねきやうも、心許りは無偏の恩化を申し沙汰せんと欲つし給ひけれども、叶はで年月をぞ被送ける。また雑訴ざつその沙汰の為にとて、郁芳門いうはうもんの左右の脇に決断所を被造。その議定の人数にんずには、才学優長いうちやう卿相けいしやう雲客うんかく紀伝きてん明法みやうはふ外記げき官人くわんにんを三番に分かつて、一月に六箇度の沙汰の日をぞ被定ける。およそ事のてい厳重げんぢゆうに見へて堂々だうだうたり。去れどもこれなほ理世安国りせあんこくまつりごとに非ざりけり。あるひは自内奏訴人そにん蒙勅許を、決断所にて論人ろんにんに理を被付、また決断所にて本主給安堵、内奏よりその地を別人の恩賞に被行。如此互ひに錯乱せし間、所領一所しよりやういつしよに四五人の給主きふしゆ付いて、国々の動乱更に無休時。




このほか相州(鎌倉幕府第十四代執権、北条高時たかとき)の一族、関東家風([家祖、家長の出身地など])の者どもの所領を、理由もなく郢曲([歌いもの]=[催馬楽や朗詠など声楽の範疇に属する音楽の総称])妓女([遊女、芸妓])の輩、蹴鞠伎芸([芸能])の者ども、または衛府諸司・官女・官僧まで、一跡・二跡を合わせて、内奏より申し賜わったので、今は六十六箇国の内には、立錐の地([きりを突き立てるほどの、きわめて狭い土地])も軍勢に与える闕所はありませんでした。こうして光経卿(九条光経)も、心許りは偏りなく恩化を申し沙汰せん欲していましたが、叶わず年月を送りましたまた雑訴の沙汰のためにと、郁芳門([大内裏の東面、待賢門の南の門])の左右の脇に決断所([雑訴決断所]=[南北朝時代、建武の新政期に朝廷に設置された訴訟機関])を造りました。その議定の人数には、才学優長の卿相([公卿])・雲客([殿上人])・紀伝([紀伝博士]=[大学寮で紀伝道=中国の史書・詩文を学ぶ学科。を教えた博士])・明法([明法博士]=[明法道=律令を専攻する。の教官])・外記([太政官の少納言の下にあって詔勅・上奏文の起草や朝儀の記録などを司り、除目・叙位などの儀式を執行した職名])・官人を三つに分けて、一月に六箇度の沙汰の日を定めました。事の体は厳重に見えて威厳がありました。けれども理世安国(治世安国)の政には似ぬものでした。あるいは内奏の訴人([原告])に勅許を蒙り、決断所では論人([被告])に理を付け、また決断所にて本主に安堵([将軍が自分に忠誠を誓った武士に対して父祖伝来の所領の所有権を認め、保証したこと])せしめ、内奏によりその地を別人の恩賞に与えました。このように互いに錯綜したので、所領一所に四五人の給主([中世、領主から給田を与えられ、年貢課役の納入責任者となった者])が付いて、国々の動乱はさらに休む時はありませんでした。


続く


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by santalab | 2017-03-15 07:29 | 太平記 | Comments(0)

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