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「太平記」大内裏造営の事付聖廟の御事(その6)

ほういらか翔天虹のうつばり聳雲、さしもいみじく被造双たりし大内裏、天災を消すに無便、回禄くわいろく度々に及んで、今は昔のいしずゑのみ残れり。尋回禄由、かの唐尭たうげう虞舜ぐじゆんの君は支那四百州のあるじとして、その徳天地に応ぜしかども、「茆茨不剪、柴椽不削」とこそまうし伝へたれ。いはんや粟散国ぞくさんこくの主として、この大内このだいだいを被造たる事、その徳不可相応。後王こうわうもし無徳にして欲令居安給はば、国の財力もこれによつて可尽と、高野大師かうやだいし鑒之、門々の額を書かせ給ひけるに、大極殿だいごくでんの大の字の中を引き切つて、くわと云ふ字に成し、朱雀門しゆじやくもんの朱の字をべいと云ふ字にぞ遊ばしける。小野の道風たうふう見之、大極殿は火極殿くわこくでん、朱雀門は米雀門べいじやくもんとぞ難じたりける。大権たいごん聖者しやうじや鑒未来書き給へる事を、凡俗として難じまうしたりける罰ばつにや、その後より道風執筆、手ふるひて文字正しからざれども、草書さうしよに得妙人なれば、戦うて書きけるも、やがて筆勢にぞ成りにける。遂に大極殿より火出でて、諸司八省しよしはつしやう悉く焼けにけり。無程また造営ざうえいありしを、北野天神の御眷属けんぞく火雷気毒神くわらいきどくじん清涼殿せいりやうでんひつじさるの柱に落ち掛かり給ひし時焼けけるとぞうけたまはる。




鳳の甍は天を翔け虹の梁は雲に従う、さしも厳しく造り並べた大内裏も、天災を消ことはできず、回禄([火災])は度々に及んで、今は昔の礎が残るばかりでした。どうして回禄が起こったかというと、かの尭([中国神話に登場する君主])・舜([中国神話に登場する君主])の君は支那四百州の主として、その徳は天地に叶うものでしたが「茆茨([かやぶきの屋根])を切らず、柴の椽([屋根板を支えるために棟木から軒桁に架け渡す長い材])を削らず」と伝えられています(『鼓腹撃壌』)。申すまでもなく粟散国([粟粒を散らしたような小国。日本])の主として、この大内裏を造ることは、その徳に相応したものではありませんでした。後王に徳なくして大内裏に安住すれば、国の財力も尽きるであろうと、高野大師(空海)はこれを戒めて、門々の額を書く時、大極殿の大の字の中を引き切って、火という字に成し、朱雀門の朱の字を米と書きました。小野道風(平安時代の貴族・能書家)はこれを見て、大極殿は火極殿、朱雀門は米雀門だと非難しました。大権の聖者が未来を戒めて書いたのを、凡俗として非難した罰か、その後より道風が執筆しようとすると、手が震えて文字を正しく書けなくなりましたが、草書が得意な人でしたので、敢えて書いたものが、やがて筆勢([筆力])になりました。遂に大極殿より火が出て、諸司八省は残らず焼けました。ほどなまた造営がありましたが、北野天神の眷属([一族])火雷気毒神が、清涼殿の坤([南西])の柱に落ち掛かった時に焼けたと聞いております。


続く


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by santalab | 2017-03-22 07:25 | 太平記 | Comments(0)

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