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「太平記」大内裏造営の事付聖廟の御事(その15)

起き臥す露のとことはに、古郷こきやうを忍ぶ御涙、毎言葉繁ければ、さらでも重き濡れ衣の、袖乾く間もなかりけり、さても無実のざんによりて、被遷配所恨入骨髄、難忍思し召しければ、七日なぬかが、あひだ御身を清め一巻いつくわん告文かうぶんを遊ばして高山かうざんに登り、竿さをさきに着けて差し挙げ、七日御足をつまだてさせ給ひたるに、梵天・帝釈もその無実をやあはれみ給ひけん。黒雲一群ひとむら天より下りさがりて、この告文をつて遥かの天にぞ揚がりける。その後延喜三年二月二十五日つひに沈左遷恨薨逝こうせいし給ひぬ。今の安楽寺あんらくじ御墓所みはかしよと定めて奉送置。しいかな北闕ほくけつの春の花、随流不帰水、奈何いかんがせん西府の夜の月、入不晴虚命雲、されば貴賎滴涙、慕世誇淳素化、遠近呑声悲道蹈澆漓俗。




起き臥す床には絶えず、古郷を忍ぶ涙、恨む言葉も繁ければ、そうでなくとも重い濡れ衣の、袖は乾く間もありませんでした。それにしても無実の讒により、配所に遷されて恨みは骨髄に入り、忍び難く思われて、七日の、間身を清め一巻の告文([神に対して申し上げること・願いごとなどを書き記した文書])を書いて高山に登り、竿の先に付けて差し上げ、七日間足を爪立てました、梵天([正法護持の神])・帝釈([梵天と並び称される仏法守護の主神])もその無実を憐れんだのか。黒雲が一叢天から下りて、この告文を取って遥かの天に上って行きました。その後延喜三年(903)二月二十五日に遂に沈左遷の恨みに沈んだまま薨逝([親王または三位以上の人が死ぬこと])しました。今の安楽寺(今の太宰府天満宮。現福岡県太宰府市)を御墓所と定めて葬送しました。惜しいかな北闕([皇居])の春の花は、水に流れて遂に帰らず、西府(太宰府)の夜の月は、晴れずして命虚しく雲に隠れてしまいました。そして貴賎は涙を流し、淳素([すなおで飾りけがないこと])と誇った世を慕い、遠き近きも澆漓([道徳が衰え、人情の薄いこと])の俗に進むであろうと悲しみの声に咽びました。


続く


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by santalab | 2017-03-31 09:12 | 太平記 | Comments(0)

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