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「太平記」大内裏造営の事付聖廟の御事(その24)

かくてあるべきにあらねば、内裏造営ざうえいあるべしとて、運魯般斧新たに造り立てたりける柱に一首のむしくひの歌あり。

造るとも またも焼けなん 菅原や 棟の板間の 合はん限りは


この歌に神慮なほも御納受なふじゆなかりけりと驚き思し召して、一条院より正一位じやういちゐ太政だいじやう大臣の官位を賜はらせ給ふ。勅使安楽寺に下つて詔書せうしよを読み上げける時天に声あつて一首の詩聞こへたり。

昨為北闕蒙悲士
今作西都雪恥尸
生恨死歓其我奈
今須望足護天皇基


その後よりは、神のいかりもしづまり国土も穏やかなり。おほいなるかな、尋本地、大慈大悲の観世音、弘誓ぐぜいの海深うして、群生済度ぐんしやうさいどの船無不到彼岸。 垂跡すゐじやくを申せば天満大自在天神の応化おうげの身、利物りもつ日々に新たにして、一来結縁いちらいけちえんの人所願しよぐわん任心成就じやうじゆす。ここを以つてかみ自一人、下至万民、渇仰かつがうかうべを不傾云ふ人はなし。まことに奇特無双ぶさうの霊社なり。




そのままにしておくわけにもいかないので、内裏造営あるべしと、魯般(中国春秋時代の魯の工匠)が斧を振るい新たに造り立てた柱に一首の虫喰いの歌がありました。

内裏を造ったところでまたも焼けてしまうであろう。菅原道真に胸の痛みがある限りは。

この歌に神慮なおも納受されぬと驚かれて、(菅原道真に対して)一条院(第六十六代天皇)より正一位太政大臣の官位を賜わりました。勅使が安楽寺(現福岡県太宰府市、太宰府天満宮の敷地にあった。菅原道真の菩提寺)に下って詔書を読み上げた時天から声がして一首の詩が聞こえました。

かつて北闕([宮中])で悲しみに遭い、
今屍となって西都で都の恥を雪ぐ。
生きての恨みは死んでよろこびとなすかな。
今後は天皇の基を護ることにしようぞ。

その後よりは、神の怒りも鎮まり国土も安穏でした。偉大なことよ、本地([仏・菩薩ぼさつの本来の姿])を尋ねれば、大慈大悲の観世音、弘誓([修行者である 菩薩が、自身みずから悟りを開き、同じく生きとし生けるものを救済しようとする決意,、誓いを立てること。またその決意や誓いそのもの])の海深くして、群生済度([仏や菩薩などが迷妄のなかにある衆生を導いて悟りの境界にいたらしめること])の船は彼岸([煩悩を解脱した涅槃の境地])に至らぬことなし。垂跡([仏や菩薩が衆生を救うため、仮に神の姿になって現れること])を申せば天満大自在天神の応化([仏・菩薩が世の人を救うために、相手の性質・力量に応じて姿を変えて現れること])の身、利物([衆生に利益りやくを与えること。人々を救うこと])は日々あらたかにして、一来結縁([世の人が仏法と縁を結ぶこと])の人の所願は心のままに成就しました。こうして上は一人(天皇)、下は万民にいたるまで、渇仰([深く仏を信じること])の頭を傾けぬ人はありませんでした。(現京都市上京区にある北野天満宮は)まこと奇特無双の霊社なのです。


続く


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by santalab | 2017-04-09 08:19 | 太平記 | Comments(0)

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