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「太平記」安鎮国家の法の事付諸大将恩賞の事(その1)

元弘三年春の頃、筑紫には規矩きく掃部かもんの助高政たかまさ・糸田左近の大夫将監しやうげん貞義さだよしと云ふ平氏の一族出で来て、前亡ぜんばう余類よるゐを集め、所々の逆党ぎやくたうを招いて国を乱らんとす。また河内かはちの国の賊徒ら、佐々目憲法けんぽふ僧正と云ひける者を取り立てて、飯盛山に城郭をぞ構へける。これのみならず、伊与の国には赤橋駿河のかみが子息、駿河の太郎重時しげときと云ふ者あつて、立烏帽子峯たてゑぼしがみねに城を拵へ、四辺の庄園を掠めりやうす。これらの凶徒、加法威於武力不退治者、早速に可難静謐とて、俄かに紫宸殿の皇居くわうきよに構壇、竹内たけのうち慈厳じごん僧正を被召て、天下安鎮あんちんの法をぞ被行ける。この法を行なふ時、甲冑の武士四門しもんを堅めて、内弁・外弁、近衛こんゑ、階下に陣を張り、伶人れいじん楽を奏する始め、武家のともがら南庭の左右に立ちならんで、抜剣四方しはうしづむる事あり。




元弘三年(1333)春の頃、筑紫には規矩掃部助高政(北条高政)・糸田左近大夫将監貞義(糸田貞義=北条貞義)という平氏の一族が現れて、前亡の余類を集め、所々の逆党を招いて国を乱そうとしました。また河内国の賊徒らが、佐々目憲法僧正という者を取り立てて、飯盛山(現大阪府大東市・四條畷市)に城郭を構えました。これのみならず、伊与国では赤橋駿河守(赤橋宗時むねとき)の子息、駿河太郎重時(赤橋重時)という者があって、立烏帽子峯(現愛媛県松山市)に城を構え、四辺の庄園を劫掠しました。これらの凶徒を、法威なしに武力で退治すること、たちまちに静謐し難しと、にわかに紫宸殿の皇居に壇を構え、竹内(現京都市左京区にある曼殊院。竹内門跡)の慈厳僧正を召されて、天下安鎮の法を執り行わせました。この法を行なう時には、甲冑の武士が四門を固めて、内弁・外弁、近衛が、階下に陣を張り、伶人([楽人])が楽を奏すると、武家の者どもが南庭の左右に立ち並び、剣を抜いて四方を鎮めました。


続く


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by santalab | 2017-04-11 22:13 | 太平記 | Comments(0)

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