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「太平記」新田起義兵事(その5)

これによつて武蔵・上野より早馬を打つて鎌倉へ急を告ぐる事、櫛の歯を引くが如し。「さて敵の勢はいかほどあるぞ」と問へば、使者ども皆、「二十万騎にじふまんぎには劣り候はじ」とぞ答へける。仁木・細川の人々これを聞いて、「さては由々しき大事ごさんなれ。鎌倉中かまくらぢゆうの勢、千騎に増さらじと思ゆるなり。国々の軍勢はたとひ参るとも、今の用には立ち難し。千騎に足らぬ御勢を以つて、敵の二十万騎を防がん事は、叶うべしとも思え候はず。ただ先づ安房あは上総かづさへ開かせ給ひて、御勢を付けて御合戦こそ候はめ」と申されけるを、将軍つくづくと聞き給ひて、「軍の習ひ、落ちて後利ある事千に一つの事なり。勢をもよほさん為に、安房・上総へ落ちなば、武蔵・相摸・上野・下野の者どもは、たとひ尊氏に心ざしありとも、敵に隔てられて御方になる事あるべからず。また尊氏鎌倉を落ちたりと聞かば、諸国に敵になる者多かるべし。今度に於いては、たとひ少勢なりとも、鎌倉を打ち出でて敵を道に待て、戦を決せんにはしかじ」とて、十六じふろく日の早旦に、将軍わづかに五百余騎の勢を率し、敵の行き合はんずる所までと、武蔵の国へ下り給ふ。




こうして武蔵・上野より早馬を打って鎌倉へ急を告げること、まるで櫛の歯を挽く([物事が絶え間なく続く])ようでした。「敵の勢はどれほどか」と訊ねると、使者どもは皆、「二十万騎には劣りますまい」と答えました。仁木・細川の人々はこれを聞いて、「由々しき大事ぞ。鎌倉中の勢は、千騎に及ぶまいと思われる。国々の軍勢が参ったところで、今の用には立つまい。千騎に足らぬ勢をもって敵の二十万騎を防ぐことが、できるとも思えぬ。ただまず安房・上総に散って、勢を付けて合戦に及ぶのがよろしいでしょう」と申しましたが、将軍(足利尊氏)はつくづくと聞いて「軍の習い、落ちた後に勝つことは千に一つである。勢を集めるために、安房・上総へ落ちれば、武蔵・相摸・上野・下野の者どもは、たとえ尊氏に心ざしがあったとしても、敵に隔てられて味方になることはあるまい。また尊氏が鎌倉を落ちたと聞けば、諸国に敵になる者が多くいよう。今度に於いては、たとえ小勢であろうとも、鎌倉を打ち出て敵を道に待って、戦を決するほかない」と申して、(観応三年(1352))閏二月十六日の早旦に、将軍はわずかに五百余騎の勢を率し、敵に行き合う所までと、武蔵国に下りました。


続く


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by santalab | 2017-04-12 08:28 | 太平記 | Comments(0)

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