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「太平記」神泉苑の事(その2)

懸かりける処に弘法こうぼふ大師有御帰朝。すなはち参内し給ふ。帝異朝の事ども有御たづね後、守敏しゆびん僧都のこのあひだ様々なりつる奇特どもをぞ御物語ありける。大師聞召之、「馬鳴めみやう褰帷、鬼神去つて閉口、栴檀せんだん礼塔支提しだい破れて顕屍とまうす事候へば、空海があらんずる処にて、守敏よもさやうの奇特をば現はし候はじ」とぞ被欺ける。帝さらば両人の効験かうげんを施させて威徳の勝劣を被御覧思し召して、ある時大師御参内ありけるを、かたはらに奉隠置、守敏応勅御前おんまへに候す。時に帝湯薬たうやくまゐりけるが、建盞けんざんさしおかせ給ひて、「余りにこの水つめたく思ゆる。例のやう加持かぢして被暖候へかし」とぞ被仰ける。守敏仔細候はじとて、向建盞結火印被加持けれども、水敢へて不成湯。帝、「こはいかなる不思議ぞや」と被仰、左右に目くわしありければ、内侍の典主すけなる者、わざと熱く沸きかへりたる湯を注いでまゐりたり。帝また湯を立てさせてまゐらんとし給ひけるが、また建盞けんざんを閣せ給ふ。「これは余りに熱くて、手にも不被捕」と被仰ければ、守敏先にも懲りず、また向建盞結水印たりけれども、湯敢へて不醒、なほ建盞の内にて沸き返る。




そうこうするところに弘法大師(空海)が帰朝しました。すぐさま参内しました(空海は帰朝後もしばらく入洛しなかった。空海が京に入ったのは、第五十二代嵯峨天皇の御宇(809))。帝(桓武天皇であろうが)は異朝の事どもをお尋ねになられた後、守敏僧都のこの間の様々な奇特([神仏の持っている、超人間的な力])を話されました。大師はこれを聞いて、「馬鳴き褰帳([即位式・朝賀の時、高御座の御帳をかかげること])すれば、鬼神は去って口を閉じ、栴檀が塔に礼すれば支提([建物の内部に小型の仏塔を安置するもの])は破れて屍を晒すと申しますれば、この空海がおる所で、守敏がそのような奇特を現わすことはございません」と大口を叩きました。帝はならば両人の効験([効能])を試させて威徳の勝劣を見ようと思われました、ある時大師が参内すると、側に隠し置き、守敏は勅に応じて御前に参りました。帝は湯薬を参らせましたが、建盞([中国宋代、福建省建陽県にあった建窯で焼かれた茶碗]。空海の時代に宋はまだない)を差し置かれて、「あまりにこの水はつめたい。いつものように加持して温めてほしい」と申されました。守敏は容易いことと、建盞に向かって結火の印を結び加持しましたが、水はまったく湯になりませんでした。帝は、「これは何という不思議ぞ」と申されて、左右に目配せされると、内侍典主([典侍。内侍司=後宮。の次官])が、わざと熱く沸き返った湯を注いで参りました。帝はまた湯立て([禊の一。熱湯に笹の葉をひたして自分のからだや参詣人にふりかける儀式])されようとしましたが、また建盞を差し置かれました。「これはあまりに熱くて、手に持てぬ」と申されると、守敏は先にも懲りず、また建盞に向かって結水の印を結びましたが、湯は冷めることなく、建盞の中で沸き返ったままでした。


続く


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by santalab | 2017-04-22 08:20 | 太平記 | Comments(0)

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