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「太平記」神泉苑の事(その3)

守敏しゆびん前後の不覚に失色、損気給へる処に、大師そばなる障子しやうじの内より御出であつて、「いかに守敏、空海これにありとは被存知候はざりけるか。星の光は消朝日蛍の火は隠暁月」とぞわらはれける。守敏おほきに恥之挿欝陶於心中、隠嗔恚於気上被退出けり。自其守敏君を恨み申すいきどほり入骨髄深かりければ、天下に大旱魃だいかんばつをやりて、四海の民を無一人飢渇けかちに合はせんと思つて、一大三千界のうちにある所の竜神どもを捕へて、わづかなる水瓶すゐへいの内に押し篭めてぞ置きたりける。これによつて孟夏まうか三月の間、雨降る事なくして、農民不勤耕作。天下の愁へ一人いちじんの罪にぞ帰しける。君遥かに天災の民に害ある事をへ思し召して、弘法こうぼふ大師を召ししやうじて、雨の祈りをぞ被仰付ける。大師承勅、先づ一七日ひとなぬかの間入定、明らかに三千界のうちを御覧ずるに、内海・外海げかいの竜神ども、悉く守敏の以呪力、水瓶すゐへいうちに駆り篭めて可降雨竜神なかりけり。但し北天竺のさかひ大雪山の北に無熱池むねつちと云ふ池の善女ぜんによ竜王、独り守敏しゆびんより上位の薩埵さつたにておはしましける。大師ぢやうより出でて、この由を奏聞ありければ、俄かに大内だいだいの前に池を掘らせ、清涼せいりやうの水をたたへて竜王をぞ勧請くわんじやうし給ひける。




守敏は前後不覚にも色を失い、気を損じるところに、弘法大師は側の障子の内から出て、「どうした守敏よ、空海がここにいると分からなかったか。星の光は朝日に消え蛍の火は暁の月に隠れる」と申して笑いました。守敏はたいそう恥をかいて心中穏やかならず、嗔恚([三毒・十悪の一。自分の心に逆らうものを怒り恨むこと])を心の内に抱きながら退出しました。自ずと守敏は君を恨みその憤りは骨髄に深く入って、天下に大旱魃を起こして、四海([国内])の民を一人残らず飢渇([飢えとかわき])の目に合わせようと思い、一大三千界の中にある竜神どもを捕えて、小さな水瓶の中に押し籠めてしまいました。こうして孟夏([夏の初め。初夏])三月の間、雨は降ることなく、農民は耕作することができませんでした。天下の愁えは一人(天皇)の罪に帰しました。君は遥かに天災が民に害を及ぼすであろうと思われて、弘法大師(空海)を召し請じて、雨の祈りを命じられました。弘法大師は勅を承り、まず一七日(七日間)の間入定([禅定にはいること。精神を統一して煩悩を去り、無我の境地に入ること])、明らかに三千界の中を見ると、内海・外海の竜神どもは、残らず守敏の呪力によって、水瓶の中に籠められて雨を降らす竜神はいませんでした。ただし北天竺の境大雪山の北に無熱池([阿耨達池あのくだつち]=[ヒマラヤの北にあるという想像上の池。阿耨達竜王が住むという])という池の善女竜王([『法華経・提婆達多品』に現れる八大竜王の一尊])だけが、守敏より上位の薩埵([衆生])でした。弘法大師は定([高度の精神集中のこと。ある対象に精神を集中して乱れない状態])より出て、この旨を奏聞すると、急ぎ大内裏の前に池を掘らせ、清涼の水を湛えて竜王を勧請しました。


続く


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by santalab | 2017-04-23 09:14 | 太平記 | Comments(0)

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