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「太平記」武蔵野合戦の事(その1)

三浦が相図あひづ相違したるをば、新田武蔵のかみ夢にも不知、時刻よく成りぬと急ぎ、明くればうるふ二月二十日の辰の刻に、武蔵野の小手差原こてさしはらへ打ち臨み給ふ。一方の大将には、新田武蔵のかみ義宗よしむね五万余騎、白旗しらはた・中黒・頭黒かしらくろ、打ち輪の旗は児玉党、坂東の八平氏・赤印一揆を五手いつてに引き分けて、五所いつところに陣をぞ取つたりける。一方には新田左兵衛さひやうゑすけ義興よしおきを大将にて、その勢都合二万余騎、片喰かたばみ・鷹の羽・一文字・十五夜の月弓一揆、引いては一人もかへらじとこれも五手に一揆して四方しはう六里に控へたり。一方には脇屋左衛門さゑもんすけ義治よしはるを大将にて、二万余騎、大旗・小旗・下濃すそごの旗、鍬形くはがた一揆・母衣ほろ一揆、これも五箇所に陣を張り、射手をば左右に進ませて懸け手は後ろに控へたり。




三浦(三浦時継ときつぐ)が相図に相違したことを、新田武蔵守(新田義宗。新田義貞の三男)は夢にも思わず、時刻到来と急いで、夜が明けると(観応三年(1352))閏二月二十日の辰の刻([午前八時頃])に、武蔵野の小手指原(現埼玉県所沢市)に打ち臨みました。一方の大将には、新田武蔵守義宗(新田義宗。新田義貞の三男)五万余騎、白旗・中黒・頭黒、団扇の旗は児玉党、坂東八平氏・赤印一揆を五手に引き分けて、五所に陣を取りました。一方には新田左兵衛佐義興(新田義興。新田義貞の次男)を大将として、その勢都合二万余騎、片喰・鷹の羽・一文字・十五夜の月弓一揆、引いては一人も帰らじとこれも五手に一揆して四方六里に控えました。一方には脇屋左衛門佐義治(脇屋義治。新田義貞の弟、脇屋義助よしすけの子)を大将として、二万余騎、大旗・小旗・下濃の旗、鍬形一揆・母衣一揆、これも五箇所に陣を張り、射手を左右に進ませて駆け手は後ろに控えました。


続く


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by santalab | 2017-04-23 10:30 | 太平記 | Comments(0)

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