Santa Lab's Blog


「太平記」神泉苑の事(その4)

于時かの善女龍王金色こんじきの八寸の竜に現じて、たけ九尺くしやく許りのくちなはいただきに乗つてこの池に来たり給ふ。すなはちこの由を奏す。公家殊に敬嘆きやうたんせさせ給ひて、和気の真綱まつなを勅使として、以御幣種々物供龍王りゆうわうを祭らせらる。その後湿雲しふうん油然ゆぜんとして降雨事国土にあまねし。三日の間を止みなくして、災旱さいかんの憂へ永く消えぬ。真言の道を被崇事自是いよいよ盛んなり。守敏なほ腹を立てて、さらば弘法こうぼふ大師を奉調伏思ひて、西寺に引き篭もり、三角の壇を構へ本尊を北向きに立てて、軍荼利夜叉ぐだりやしやの法をぞ被行ける。大師この由を聞き給ひて、則ち東寺に炉壇ろだんを構へ大威徳明王みやうわうの法を修し給ふ。両人いづれも徳行薫修とくぎやうくんじゆの尊宿なりしかば、二尊の射給ひける流鏑矢かぶらや空中に合つて中に落つる事、鳴り休む隙もなかりけり。ここに大師、守敏を油断させんと思し召して、俄かに御入滅にふめつの由を被披露ければ、緇素しそ流悲歎泪、貴賎呑哀慟声。守敏聞之、「法威成就ほふゐじやうじゆしぬ」と成悦則ち被破壇けり。この時守敏俄かに目暮れ鼻血はなぢつて、心身被悩乱けるが、仏壇の前にたふれ伏してつひに無墓成りにけり。「呪咀諸毒薬還着於本人じゆそしよどくやくげんぢやくをほんにん」と説き給ふ金言きんげん、まことにしるしあつて、不思議なりし効験かうげんなり。自是して東寺は繁昌し西寺滅亡す。




その時善女龍王([『法華経・提婆達多品』に現れる八大竜王の一尊])が金色の八寸の竜の姿で現れて、丈九尺ばかりの蛇の頭の上に乗ってこの池に来ました。(空海は)たちまちこれを申し上げました。公家はとりわけ敬嘆し、和気真綱(和気清麻呂の五男)を勅使として、御幣種々の供物を供えて龍王を祭りました。その後湿雲が油然([盛んにわき起こる様])と湧き上がり余す所なく国土に雨を降らせました。雨は三日間降り止まず、災旱の憂えは永くなくなりました。これより真言の道を崇めることますます盛んになりました。守敏はなおも腹を立てて、ならば弘法大師を調伏しようと思って、西寺に引き籠もり、三角壇([密教で、降伏護摩を修するときに設ける三角形の壇])を構え本尊を北向きに立てて、軍荼利夜叉法([軍荼利明王を本尊として、 調伏や息災・増益ぞうやくを祈る修法])を行いました。弘法大師はこれを聞いて、たちまち東寺(現京都市南区にある教王護国寺)に炉壇を構え大威徳明王([五大明王の一。八大明王の一尊])法を執り行ないました。両人いずれも徳行薫修([香の薫りが衣服に染みつくように、習慣として 修行を繰り返すこと])の尊宿([徳の高い僧])でしたので、二尊が射る鏑矢が空中でぶつかり中に落ち、鳴り休む隙もありませんでした。そこで弘法大師は、守敏を油断させようと思い、にわかに入滅したと広めたので、緇素([僧と俗人])は悲嘆の涙を流し、貴賎は哀慟の声を上げました。守敏はこれを聞いて、「法威は成就した」とよろこびたちまち壇を壊しました。この時守敏はにわかに目は暮れ鼻血を出して、心身は悩乱して、仏壇の前に倒れ伏して遂にはかなくなりました。「呪咀諸毒薬は本人に還着する」と説く金言は、まことに霊験あって、不思議な効験([効能])でした。こうして東寺は繁昌し西寺は滅亡しました。


続く


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by santalab | 2017-04-24 08:17 | 太平記 | Comments(0)

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