主上これを被御覧いよいよ夢の告げ怪しく被思召ければ、且く鳳輦を留めて御思案ありける処に、竹林院の中納言公重卿馳せ参じて被申けるは、「西園寺大納言公宗、隠媒の企てあつて臨幸を勧め申す由、只今ある方より告げ示し候ふ。これより急ぎ還幸成つて、橋本の中将俊季、並びに春衡・文衡入道を被召て、子細を御尋ね候ふべし」と被申ければ、君去んぬる夜の夢告げの、今日の池水の変ずる態、げにも様ありと思し召し合はせて、やがて還幸成りにけり。
主上(第九十六代後醍醐天皇)はこれをご覧になられ夢の告げを怪しく思われて、しばらく鳳輦([屋形の上に金銅の鳳凰を飾った輿 。天皇の晴れの儀式の行幸用のもの])を止められてどういうことかと思うところに、竹林院中納言公重卿(西園寺公重。西園寺公宗の弟)が馳せ参じて申すには、「西園寺大納言公宗(西園寺公宗)に、隠媒の企てあって臨幸を勧め申すと、ただ今ある方より知らせがありました。これより急ぎ還幸されて、橋本中将俊季(橋本俊季)、並びに春衡・文衡入道を召されて、子細をお尋ねされますよう」と申したので、君(後醍醐天皇)は昨夜の夜の夢告げ、今日の池水の変じた様子、なるほどと思われて、やがて還幸されました。
(続く)