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「太平記」北山殿謀反の事(その6)

すなは中院なかのゐん中将ちゆうじやう定平さだひら結城ゆふき判官はうぐわん親光ちかみつ伯耆はうきかみ長年ながとしを差しへて、「西園寺の大納言公宗きんむねきやう・橋本の中将俊季としすゑ・並びに文衡ぶんひら入道を召し取つて参れ」とぞ被仰下ける。勅宣の御使ひ、その勢二千余騎、追ふ手搦め手より押し寄せて、北山殿の四方しはう七重ななへ八重やへにぞ取り巻きける。大納言殿、早やこのあひだの隠謀顕はれけりと思ひ給ふ。されば中々騒ぎたる気色もなし。事のやうをも知らぬ北の御方・女房にようばうたち・さぶらひどもはこは如何なる事ぞやと、周章あわてふためき逃げたふる。御おとと俊季朝臣としすゑあそんは、官軍くわんぐんの向かひけるを見て、心早き人なりければ、ただ一人きんでて、後ろの山よりいづちともなく落ち給ひにけり。




たちまち中院中将定平(中院定平)に結城判官親光(結城親光)・伯耆守長年(名和長年)を差し添えて、「西園寺大納言公宗卿(西園寺公宗)・橋本中将俊季(橋本俊季)・並びに文衡入道を捕らえて参れ」と命じられました。勅宣の使い、その勢二千余騎が、追手([大手]=[敵を表門または正面から攻める軍隊])搦め手([城の裏門や敵陣の後ろ側を攻める軍勢])より押し寄せて、北山殿([京都北山の衣笠山山麓に西園寺公経きんつねが建てた別荘])の四方を七重八重に取り囲みました。大納言殿(西園寺公宗)は、すでにこの間の隠謀が露見したかと思いました。そして騒ぐ様子もありませんでした。事情を知らぬ北の方・女房たち・侍どもはこれは何事と、あわてふためき逃げまどいました。弟の俊季朝臣(橋本俊季。ただし、西園寺公宗の弟ではない)は、官軍が向かって来るのを見て、機転が利く人でしたので、ただ一人抜け出すと、後ろの山からどこへともなく落ちて行きました。


続く


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by santalab | 2017-05-03 08:24 | 太平記 | Comments(0)

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