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「太平記」武蔵野合戦の事(その10)

仁木左京大夫頼章よりあき・舎弟越後ゑちごかみ義長よしながは、元来ぐわんらい加様かやうの所を伺うて未だ一戦もせず、馬を休めて葦原の中に隠れて居られたりけるが、これを見て、「末々すゑずゑの源氏、国々の付き勢をば、何千騎討つても何かせん。あはれさいはひや、天の与へたる所かな」と悦びて、その勢三千余騎、ただ一手に成つて押し寄せたり。敵小勢なれば、定めて鶴翼かくよくに開いて、取り篭めんずらんと推量して、義興よしおき義治よしはる魚鱗ぎよりんに連なつて、くつばみを並べて、敵の中をらんと見繕ふ処に、仁木越後の守義長これをきつと見て、「敵の馬の立てやう・軍立ち、世の常の葉武者に非ず。小勢なればとて、あなどりて中をらるな。一所に馬を打ち寄つて、敵懸かるとも懸け合はすな。前後に常に目をくばつて、大将と思しき敵あらば組んで落ちて首を捕れ。葉武者懸からば射落とせ。敵に力を尽くさせて御方少しも不漂、無勢ぶせいに多勢不勝や」と、委細ゐさいに手立てを成敗して一処に勢をぞ囲みたる。




仁木左京大夫頼章(仁木頼章)・舎弟越後守義長(仁木義長)は、初めより軍の有様を窺いいまだ一戦もせず、馬を休めて葦原の中に隠れていましたが、これを見て、「末々の源氏、国々の付き勢を、何千騎討っても仕方あるまい。なんとありがたいことよ、天が与えたものか」とよろこんで、その勢三千余騎が、ただ一手になって押し寄せました。敵は小勢でしたので、必ずや鶴翼([自軍の部隊を、敵に対峙して左右に長く広げた隊形に配置する陣形])に開いて、取り籠めようとするであろうと推量するところに、義興(新田義興。新田義貞の次男)・義治(脇屋義治。新田義貞の弟、脇屋義助よしすけの子)が魚鱗([中央が突き出した陣形])に連なって、轡を並べて、敵の中を破ろうとするところを、仁木越後守義長が見て、「敵の馬の立て様・軍立ち、世の常の葉武者ではないぞ。小勢だからといって、侮って中を破られるるな。一所に馬を打ち寄って、敵が懸かるとも駆け合わすな。前後に常に目を配って、大将と思われる敵と見たならば組んで落ちて首を捕れ。葉武者ならば射落とせ。敵に力を尽くさせて味方の陣を乱すでない。無勢に多勢が負けるわけがないわ」と、細かく手立てを成敗して一処に勢を集めました。


続く


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by santalab | 2017-05-05 09:13 | 太平記 | Comments(0)

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