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「太平記」北山殿謀反の事(その9)

公宗きんむねをば伯耆はうきかみ長年ながとしに被仰付、出雲いづもの国へ可被流と、公儀已に定まりにけり。明日必ず配所へ赴き給ふべしと、治定ぢていありけるその夜、中院なかのゐんより北の御方へ被告申ければ、北の方忍びたるていにて泣く泣くかしこへおはしたり。暫く警固の武士を退けさせて、ろうあたりを見給へば、一間なる所の蜘手きびしく結うたる中に身をちぢめて、起き伏しもなく泣きしづみ給ひければ、流るる泪袖に余りて、身も浮く許りに成りにけり。大納言殿北の方を一目見給ひて、いとど泪に咽び、云ひ出だし給へる言の葉もなし。北の方も、「こは如何に成りぬる御有様ぞや」と許り涙のうちに聞こへて、引きかづき泣き伏し給ふ。




公宗(西園寺公宗)は伯耆守長年(名和長年)に仰せ付けて、出雲国へ配流すべしと、公儀に定まりました。明日は必ず配所へ赴くべしと、治定([決定すること])があった夜、中院(中院定平さだひら)より北の方へ告げ申したので、北の方は忍ぶようにして泣く泣く訪ねました。しばらく警固の武士を退けさせて、牢のあたりを見ると、(西園寺公宗は)一間に蜘手を厳しく結った中に身を縮めて、起き伏しもせずも泣き沈んでいました、流れる涙は袖に余って身も浮くばかりでした。大納言殿(西園寺公宗)は北の方を一目見て、いっそう涙に咽び、言葉も出ませんでした。北の方も、「どうしてこのようなことに」とばかり涙の内に申すと、衣を引き被いて泣き伏しました。


続く


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by santalab | 2017-05-06 08:16 | 太平記 | Comments(0)

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