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「太平記」北山殿謀反の事(その10)

やや暫くあつて、大納言殿泪を押さへてのたまひけるは、「我が身かく引く人もなき捨て小舟をぶねの如く、深き罪にしづみぬるに付いても、ただならぬ御事とやらんうけたまはりしかば、我故われゆゑの物思ひに、如何なるわづらはしき御心地かあらんずらんと、それさへ後の闇路やみぢの迷ひと成りぬべう思えてこそ候へ。もしそれ男子なんしにても候はば、行くすゑの事思ひ捨て給はで、あはれみのふところの中に人となし給ふべし。我がいへに伝ふる所の物なれば、見ざりし親の忘れ形見ともなし給へ」とて、上原しやうげん石上せきしやう流泉りうせん啄木たくぼくの秘曲を被書たる琵琶の譜を一帖いちでふ、膚のまぶりより取り出だし給ひて、北の方に手づから被渡けるが、そばなる硯を引き寄せて、上巻うはまきの紙に一首の歌を書き給ふ。


あはれなり 日影待つ間の 露の身に 思ひをかるる 石竹なでしこの花




ややしばらくあって、大納言殿(西園寺公宗きんむね)は涙を抑えて申すには、「我が身がこのように曳く人もなき捨て小舟のように、深き罪に沈むに付けても、ただならぬ([妊娠した様子である])と聞いておれば、わたし故の悲しみに、どれほどつらい思いをしておろうかと考えると、それさえ後の闇路の迷いとなるであろうと思っておるのだ。もし男子であったなら、行く末の望みを捨てることなく、憐れみの懐の内に人となしてくれ。我が家に伝わる物なれば、見ざりし親の忘れ形見ともなされよ」と申して、上玄・石上・流泉・啄木の秘曲を書いた琵琶の譜を一帖、肌の守りより取り出して、北の方に渡しました、側の硯を引き寄せて、上巻([巻子や書状を上から包む白い紙。表巻])の紙に一首の歌を書きました。


憐れなことか。陽の光に消えてしまう露の身に、心配されたところでどうにのならぬこと。(『山がつの 垣ほ荒るとも をりをりに あはれはかけよ 撫子の露』=[賎しき我が家の垣は荒れるとも、折に付け、撫子に露が置くようにこの子をかわいがってくださいませ]。『源氏物語』)


続く


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by santalab | 2017-05-07 08:53 | 太平記 | Comments(0)

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