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「太平記」武蔵野合戦の事(その12)

義興よしおき兜のしころ・袖のさんの板切り落とされて、小手の余り・臑当すねあてのはづれに、薄手三所負ひたり。義治よしはるは太刀懸け・草摺くさずりの横縫ひ、皆突き切れて威毛計をどしげばかり続きたるに、鍬形くわかた両方被切折、星も少々けづられたり。太刀は鐔本つばもとより打ちれぬ。中間ちゆうげんに持たせたる長刀を持たれけるが、峯は簓子ささらの子の如く被切て、やいばのこぎりの様にぞ折れたりける。馬は三所まで被切たりけるが、下りて乗り替へに乗り給へば、倒れてやがて死にけり。両大将如此、みづから戦つて疵をかうむる上はその已下いげつはものども痛手を負ひ、切り疵の二三箇所負はぬ者はまれなり。




義興(新田義興。新田義貞の次男)は兜の錣([兜の鉢の左右・後方につけて垂らし、首から襟 の防御とするもの])・袖の三の板([ 兜のしころや鎧の草摺・袖などの、上から三枚目の板])を切り落とされて、小手の余り・臑当ての外れに、薄手を三所負いました。義治(脇屋義治。新田義貞の弟、脇屋義助よしすけの子)は太刀懸(太刀懸の草摺。草摺の左部)・草摺([甲冑の胴の裾に垂れ、下半身を防御する部分])の横縫([鎧の胴と草摺とを縫い合わせた革ひも、または糸])は、皆突き切れて威毛([鎧のさねを威した糸や革])ばかりが繋がっていました、鍬形は両方折れて、星も少々削れていました。太刀は鐔本より打ち折れていました。中間([武士の下位の者])に持たせていた長刀を持っていましたが峰は簓子([簓竹とすり合わせて音を出すのに使う木の棒。長さ約30cmで、表面にのこぎりの歯形に刻みがつけてある])のように切られて、刃は鋸のように折れていました。馬は三所まで切られていたので、下りて乗り替えに乗ると、倒れてやがて死にました。両大将がこのような有様でしたので、自ずと戦って疵を被る上はその兵どもは痛手を負い、切り疵の二三箇所負わぬ者はほとんどいませんでした。


続く


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by santalab | 2017-05-07 09:00 | 太平記 | Comments(0)

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